pocket size 5 - 8
(5)
「ええと、その・・・アキラたん、いや、塔矢アキラくんだよね」
アキラたんの恐怖心が少しでも和らぐように俺は手の力を緩め、努めて落ち着いた声で
確認した。アキラたんが驚いた顔をした。
「そうですけど・・・ボクだってわかるんですか?こんな姿なのに・・・」
「わかるよ!どこからどう見てもアキラたんだよー。アキラたん、なんでこんな所に・・・
いや、っていうかそれ以前に、どうしてそんな姿に?良かったら、わけを聞かせて
くれないか」
俺は体育座りみたいに両膝を揃えて座り、その揃えた膝の上にアキラたんの体を
ぐらつかないよう両手で支えながら座らせた。
俺がアキラたんを両手で捕まえているという体勢よりも、こうしてお互い座りながら
対等に話すほうが、誇り高いアキラたんを遇するにはふさわしいと思ったのだ。
「どうしてこんなことになったのか・・・ボクにもわからないんです。昨日進藤と一緒に
散歩していたらいきなり目眩がして、気がついたらボク一人でここに・・・民家や警察を
探して助けていただくということも考えたのですが、何しろこんな体になってしまった
ので思うように移動もできなくて・・・それに、こんな姿を人に見られたら気味悪がられる
んじゃないかと思うと、それも怖くて」
アキラたんはため息をついて言った。
ちょっとハスキーな声も聞きなれたアキラたんの声そのままで、俺はドキドキしてしまう。
「そうだったのか・・・大変だったんだね。どうしてそんなことになったのか、どうしたら
君を元に戻してあげられるのか俺はわからないけど、でも自分の力の及ぶ限り
君の力になりたいと思うよ。アキラたん、とりあえず俺のうちにおいで」
アキラたんはビックリした顔で俺を見た。
(6)
「そんな・・・初対面の方にそこまでしていただくわけには・・・」
「何言ってるんだアキラたん。そんな姿でこの先ずっとここにいるわけにも
いかないだろ?今は夏だからまだいいけど、冬になったら凍えちゃうよ。
野良猫とか野鳥に襲われるかもしれないし・・・そんな危険な状態でアキラたんを
放ってなんかおけないよ!君を知ってる俺がここに通りかかったのも何かの縁だ。
根本的な解決にはならないかもしれないけど、君を俺のうちで世話させてくれ。いいだろ」
アキラたんは考え込みながら俺の言葉を聴いていたが、やがてコクリと頷いて、
「そう言ってくださるのでしたら、ありがたくお言葉に甘えさせていただきます・・・
ご迷惑をおかけしますが、しばらくの間よろしくお願い致します」
とはっきりした口調で述べ、俺の膝の上で深々と頭を下げた。
まだ工房になったばかりくらいの年なのに、やっぱりアキラたんはしっかりしてるな〜
礼儀正しい子なんだな〜と感心する。
「よし、じゃあそれで決まり!早速うちに行こうか・・・あ、弁当がまだ残ってたか。
アキラたん、帰るの弁当食ってからでいい?アキラたんも昨日からここにいるんだったら
お腹空いてるよね。一緒に食べるかい?コンビニ弁当だけど・・・」
「あ、えっと、ボク・・・」
アキラたんが何か言う前に、ちさーい体からク〜キュルルルと可愛い音が返事をした。
アキラたんが赤くなって言う。
「・・・すみません」
「いいよ。俺今ちょうど食べながら、ここにアキラたんがいてくれたらな〜って
思ってたんだよ」
まさかそれが実現するとは思わなかった。俺はいそいそと一旦アキラたんを持ち上げると
胡坐をかき、片方の膝にアキラたんを座らせもう片方の膝に弁当を載せた。
(7)
「口に合うかどうかわからないけど・・・」
言い訳しながら箸で酢豚や野菜の揚げ物を小さく切り、箸と一緒についてきた爪楊枝で
バーベキューのように串刺しにしてアキラたんに渡した。
それからペットボトルのフタを引っ繰り返して、烏龍茶を注ぎ入れる。
「アキラたん、お茶もどうぞ」
こぼさないよう注意しながら渡そうとアキラたんのほうを見ると、
ちょこんと姿勢良く俺の膝に座ったアキラたんは両手で爪楊枝を持って小さな口で
少しずつ食物を噛み切り、もぐもぐと細かく口を動かして咀嚼している。
ああ、やっぱりアキラたんは上品に物を食べるんだなあ。でも、あんまり美味しそうには
食べてないな。やっぱコンビニ弁当じゃ口に合わないのかな。
そうだ、家の冷蔵庫にスイカが冷えていた。帰ったらあれを食べさせてあげよう。
そんなことを思いながら「お茶、ここに置くよ」と烏龍茶の入ったペットボトルのフタを
アキラたんの白い膝の上にそっと載せた。
と、上品に酢豚に齧りついたアキラたんのネコ目から、急にぽろぽろぽろと大粒の涙が
こぼれ落ちたので俺はドキッとしてしまった。
「ア、アキラたん、どうしたんだい。やっぱり口に合わなかった?」
焦ってオロオロする俺に、アキラたんは涙を流しながら首を振った。
涙を流しながら酢豚を噛み切り、もぐもぐと咀嚼しながらまた後から後から涙を流す。
「違うんです・・・なんだかホッとして・・・」
コクンと食物を嚥下してしゃくりあげながらアキラたんは言った。
「本当は一人でとても不安だったんです。お腹は空いてくるし、この先どうしようって・・・
酢豚、美味しいです・・・」
(8)
しくしく泣き出してしまったアキラたんの震えるちさーい肩を見ながら、
俺もギュウッと胸が締めつけられて涙が出そうになってきた。
たった一人でわけもわからずこんな所に放り出されて、しかも自分はちさーくなっている。
どんなに心細かったろう。怖かったろう。
食べるものもないまま一夜を明かして、たまたま気まぐれにやって来た見知らぬ学生の
コンビニ弁当のフタについた飯粒や、一度地面に落としたうずらの玉子をこっそり
取らなければならないくらい、アキラたんは追いつめられていたのだ。
あの誇り高い塔矢アキラ、兄貴の奢る寿司やなんかで舌が肥えているはずのアキラたんが。
「アキラたん、こんなので良かったらいくらでもお代わりしてくれよ。急に食べて
お腹痛くするといけないからゆっくり、お茶も飲みながらさ。ね?」
「はい」
しゃくりあげながらアキラたんは野菜の揚げ物に齧りついた。
そんなアキラたんを見ながら、俺もまたゆっくり弁当を口に運び出した。
期せずしてアキラたんと初めてのランチの夢を果たした俺は、その後人目につかないよう
アキラたんをシャツの胸ポケットに入れて、下宿までの道を急いだ。
ちさーいアキラたんの身長は俺の手首から中指にかけての長さと同じくらいで、
ポケットの中で膝を抱えるとすっぽり隠れてしまうくらいの大きさだった。
自分は夢を見ているんじゃないかと思いながらアパートの部屋に帰りついて、
「もう出てきてもいいよ」とポケットの中を覗き込むとアキラたんは膝を抱えたまま、
スースーと小さな寝息を立てていた。
疲労と、安堵と、満腹感が重なって眠り込んでしまったんだろう。
起こすのも気が引けて、俺はそのまま床に仰向けになり、アキラたんの入った
胸ポケットを両手で包みながら一緒に昼寝することにした。
午後の日差しが柔らかく俺たちを包む。
ポケットサイズのアキラたんと俺の生活は、こうして始まったのだった。
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