眩暈 5 - 8


(5)
「…随分はしゃいでいたようだったね。同門の人達と過ごすのは、そんなに楽しかった?」
ヒカルは絶句した。あの居酒屋にアキラが?全然気がつかなかった。まさか…。
「僕も芦原さんに連れて行かれたんだよ。もっとも、僕は烏龍茶しか飲まなかったけど」
ヒカルからは見えないように席を取り、ヒカルが店を出るのを見計らって会計を済ませたのだと、
アキラは説明した。芦原は店で酔いつぶれていたので、置いて来たらしい。
そこまで聞いて、ヒカルはさっきの出来事を思い出してしまった。真っ赤になりながら口を開く。
「だからって、何でお前…電車であんな事を…お前、おかしいよ…お前…」
「あんな事って何?こんなこと?」
口の端を曲げて笑いながら、アキラはヒカルのズボンに手を突っ込んだ。
冷たい指で揉みしだかれると、さっきまでの熱が浮上してくる。ヒカルは身を捩って抗議した。
「あぅっ!…や、やめろ…やめろよ、こんなところで、塔矢!」
「…ボクの前ではあんなに楽しそうに笑った事は無いのに、友達の前だと随分素直なんだね?」
「な、なに?お…まえ、何いって…はっ……」
「ボクより、彼らと一緒にいた方が楽しい?ねえ、進藤…?」
「や、ヤメ…やめろって、塔矢!」
ヒカルが大きく体を揺すると、アキラはあっさりとその体を解放した。
しかしヒカルはまた体の中に熱が燻り始めたのを自覚したし、アキラはそんなヒカルを見て愉快そうに笑う。
「お楽しみは家まで取っておく事にするよ。おいで」
そう言ってアキラは再びヒカルの手を掴んで歩き出した。
…まただ、眩暈がする…まるでまとまらない意識の中で、ヒカルは考える。
―――最近の塔矢は異常だ…どうしてオレ達、こんな風になっちゃったんだろう?


(6)
「好きなんだ」

資料室の鍵を借りて一人で秀策の棋譜を見ていたヒカルの元にやってきたアキラの、
開口一番の言葉がそれだった。ヒカルはキョトンとして、真前に座って真っ赤な顔をしている
アキラを見つめた。アキラの言っている意味が全く分からない。
「…何が?」
「キミの事が」
「…何だって?」
「好きなんだ」
「…お前が?」
「ボクが」
主語と述語と目的語をハッキリさせても、やっぱりヒカルは分からなくて、頭を抱えた。
「そりゃオレだって、お前の事好きか嫌いかだったら、どっちかと言えば嫌いじゃないけど…」
「そう言う意味じゃなくて、その…れ、れ、恋愛・対象として、と言う意味で」
どもりながら更に顔を赤くするアキラと、恋愛対象という単語に目を丸くするヒカル。
「エッ?だってオレ男だぜ?」
「そんな事、百も承知だ」
「あ、わかった!実はお前、女の子だったとか?」
「疑っているなら、証拠を見せようか?」
「………いや、いい。見せなくていい。遠慮しとく!」
他人が聞いたらさぞ滑稽な会話であろうが、しかしヒカルはにわかに信じられなかった。
あの塔矢アキラが、このオレを…進藤ヒカルを?好き?あの塔矢アキラが!
未だ理解しきれていない様子のヒカルに、アキラは告白した事を少し後悔し始めていた。
それでも、今日こそは言うと決めたのだ。例え受け入れてもらえなかったとしても。


(7)
「レンアイ…お前、オレとキスとか抱きしめ合ったりとかしたいワケ?」
ヒカルの不躾な質問に、アキラは硬直した。口をパクパクさせて、やっとのことで声を出す。
「……キミが、良いと言ってくれれば、したいけど」
その言葉に納得したのかしないのか、また頭を抱えて考え込んでしまう。
ヒカルには、男が男を好きだと言って、ゲイだホモだと差別するつもりはない。
いや、むしろヒカルにも分かる気がするのだ、その気持ちは。
(オレが佐為のことを好きだった気持ちと同じかな?オレ、佐為は男だけど大好きだったもんな)
なるほど、そう考えると少し合点がいく。(実際はヒカルの想像とは少し違っていたのだが)
だが、アキラに対して同じ思いを抱いているかと考えると、ヒカルは正直分からなかった。
アキラはどうやら、ヒカルとキスやら抱擁やらがしたいらしい。
(オレはそんな事したいなんて思ったことないけど、試してみれば分かるかな?)
ヒカルなりにアキラの思いを懸命に理解しようと努める気持ちからだった。
不安げな表情になってきたアキラに、ヒカルは軽い口調で言った。
「じゃーさ、キスしてみよーぜ」
「…エッ!?い、今ここで?」
「うん、キスして悪くなかったら、きっとオレもお前の事好きなのかも知れない」
突然の申し出に心臓が止まるほど驚いたが、アキラは二つ返事で同意した。
椅子に座ったまま、互いの顔を近付ける。アキラの綺麗な顔を間近に見たヒカルは、
思わず見惚れてしまい、それから息を飲んだ。緊張してきたし、頭に血が上るのが分かった。
唇が静かに重なり、離れていった。お互いに真っ赤な顔を見合わせる。
「………ど…どうだった?」
「………べっ、別に…嫌じゃなかったけど」
こうして、ヒカルとアキラのの関係に、ライバル以外の項目が追加された。半年前、夏の日の事だ。


(8)
だからと言って、二人の生活は以前と全く変わらなかった。
碁会所で会えば対局して、検討して、世間話やお互いの事を話したりして、市河に別れとお礼を言って帰る。
棋院で対局日が重なっても、ヒカルは大概森下門下の友人とつるんでいたし、アキラも芦原達と一緒なので、
会っても軽く挨拶を交わす程度だった。アキラは昼食を取らないので、その時間も一緒に過ごす事はない。
アキラとしてはもっとお互いの仲をどうにかしたかったのだが、その気持ちがヒカルに伝わっているのか
大いに不安だったし、ヒカルはヒカルで、アキラが「レンアイ」と言う単語で自分と別の関係を繋ぎたいとは
知っていたが、どうしたら良いのか、方法が良く分からないでいた。
それでも、時間が有れば人気のないところでキスをしたり手を繋いだりして、アキラも少しづつではあるが
前進をしようと努力し、ヒカルもそれなりに察して応えようとしているようだった。
告白から数えて2週間目にキスの時に舌を入れた。ヒカルはびっくりして体を離したが、アキラが困った顔で
「嫌だった?」と聞くと、口をもごもごさせながら「い、嫌じゃないけど」と顔を真っ赤に染めて呟いた。
その時アキラは、ヒカルがこのような行為に全くの無知である事と、困った顔で攻めるのは案外有効らしい事を学んだ。



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