トーヤアキラの一日 50 - 51
(50)
戻ってきたヒカルは、コートとバッグを拾い上げて身につけながらアキラを見ずに言う。
「やっべー。もうこんな時間だったんだな。早く帰って来いって怒られちゃったよ。
明日は学校にも行かなくちゃいけないし、オレ帰るわ」
「・・・そうだね。駅まで送るよ」
「大丈夫だよ、一人で」
「きっと道が分からないよ。来る時はけっこう裏道を通って来たし、その方が早いから
送るよ」
「そうか?悪いな、塔矢」
隣家の横にある細い脇道を抜けて、駅に向かって二人は歩いていたが、どこかぎこちなく、
そこはかとなく緊張感が漂っていた。
肌を触れ合った事による気恥ずかしさもあったが、ヒカルがアキラのPCを意識した事が
大きな原因である事を二人とも十分に分かっていた。
アキラは、少しでもヒカルを手に入れた気持ちになっていた自分に腹立ちを覚えていた。
───そう、キミには大きな秘密がある。それをまだボクに明かしてくれていない。
視界の中に入るヒカルを横目で見ながら、アキラは出来ることならここでヒカルを問い
詰めたかった。
───キミとsaiはどういう関係なのだ?saiはキミの何なのだ?
今のアキラにとって、saiが誰であるかよりも、ヒカルとsaiがどんな関係にあるのか
という事のほうが何倍も気になるのが本音だった。
出会った頃のヒカルの打つ碁がsaiであると感じていたが、最近は現在のヒカルが彼の
全てだと思うようになっていた。そしてアキラにとって、今のヒカルが何よりも大事な
存在であるために、saiの事には蓋をして、いつか話してくれると信じながら心の奥底に
閉じ込めていたのである。
それが思わぬ形で蓋が開いてしまい、新たな疑念が湧いてくる。
───キミにとってsaiはそれほど大事な存在なのか?saiと何を共有しているのだ?
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喉まで出掛かる言葉を飲み込みながら、アキラの頭の中に、ヒカルがほんの少し前に
薄暗い部屋の中で見せた嬌態と、PCを見て強張らせた顔が交錯していた。
ヒカルの身体は敏感で、触れる所全てに驚くほど反応してアキラを酔わせた。
まるで人肌に接するのに慣れているかのように・・・・・。
───ま、まさか・・・・・キミとsaiは肌を触れ合わせるような関係だったのか?!
そう思いついた途端に、アキラは鳩尾で異物がざわめくのを感じて嘔気がして来た。
心拍数が上がり、握り締めた手が震えて来る。
───そんなはずはない・・・・経験があるようには思えなかった・・・・いや、自分に経験が
無いから分からないだけかも知れない・・・・経験があったとしても、相手は女性かもしれ
ない。saiは女性か?・・・・まさか・・・・それは考えにくい。それにキミは触れられる事に
敏感な気がする。経験があったとしても構わないが・・・・いや、キミに触れた事がある
人間が居るなんて考えたくない・・・・だが、もしそれがsaiだとすれば、今saiはどうして
いるのだろう?キミが手合いに出て来なかった事と関係があるのか?それ程親しい関係
なのか?進藤!!教えてくれ、saiとキミの関係を!!
アキラは考えれば考える程息苦しくなってくる。存在すらはっきりしない相手に、激しい
嫉妬を感じて心が千千に乱れ、さっき触れ合ったばかりのヒカルが信じられなくなり、
さらにそんな自分に自己嫌悪していた。
ヒカルを失うのが怖くて直接聞くことなど到底出来ない。
少しでもさっきの温もりを感じるために、アキラはヒカルの手を取りたかったが、
ヒカルは両手をポケットの中に入れており手を伸ばしただけでは触れる事が出来ない。
ヒカルが意識して手を隠している訳ではないと思っても、拒絶されたようで心がさらに
落ち込んでいく。
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