平安幻想異聞録-異聞- 50 - 54
(50)
眠りの沼の深遠にいたヒカルの意識を呼び戻したのは、床板がきしむ小さな音だった。
ヒカルは闇に寝ぼけまなこの目を凝らす。
部屋の中の空気が完全に止まっている。それは重くのしかかるような、
奇妙な息苦しさだった。
少し暗闇に慣れた目で、となりに寝ているはずの佐為の気配をさぐる。
ミシリと、また床板が鳴った。その音は案外近くて、ヒカルはその音源を探した。
ヒカルの枕元近くの板がわずかにたわんだ。何だろう、と、ぼんやり見つめるヒカルの
目の前で、その床板と床板の隙間から身をよじるようにして入り込んできたのは、
アサガオの芽のような、螺旋状を描く蔓だった。
(タケノコが床板破るってのは聞いた事があるけど、アサガオってのはどうなんだろう)
と、ヒカルが覚めきっていない頭で馬鹿なことを考えている間に、
それは2本、3本と殖え、徐々に太さを増していく。その先端は闇の中を手探り、
尺取り虫のように床を這いながら、ヒカルの方に近寄ってきた。
(なんだよ、これ!)
ようやっと事の異常性を知覚して、飛び起きたヒカルだったが、その足には
すでに、蔓が2本,巻き付いており、立ち上ろうとしてバランスを崩したヒカルは、
布団の上に転がった。
(妖し?)
その蔓は、まるで練ったうどん粉のような弾力を持ち、やけにひんやりとした
死人の肌の温度。
――気持ち悪い……。
振りほどこうとして足に遣った手は、それに届く前にまた別の蔓にからめとられた。
手首を取った細い蔓が、数本絡み合いながら、ひじ、二の腕と這い上がり、
ヒカルの肩にまで登る。
まるで何かをさがしているようだ。
その先端が、まるで蛭のように、口をぱくぱくさせているのを見て、
ヒカルの背にゾッと悪寒が走った。
「……佐為……」
それは、ヒカルの肩からさらに探索を進め、首へと吸い付く。
「佐為ーーーっっ!!」
佐為が飛び起きた。
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「ヒカル!?」
異形のモノに絡め捕られるヒカルの姿に、佐為は状況が飲み込めない。
「佐為っ!! 太刀!! オレの太刀取って!!」
ヒカルは絡め捕られたままの腕で、部屋の片隅に立て掛けてある
自分の太刀を指さした。
佐為は大慌てでそこに駆け寄り、太刀を手に取ったが、それを受け取ろうと
延ばしたヒカルの手を、無数の細い蔓がのびて、巻き付き、それを許さない。
太刀を渡そうとヒカルに近づいた佐為の足にさえ、それは絡みついて
二人の接触をはばんだ。
複数の蔦の形をしたものに足を取られる異様な感触に、佐為も肌を粟立てる。
「佐為っ」
ヒカルが必死で、手を伸ばす。だが、このままではいかに手を伸ばしても、
太刀はヒカルに届かない。
「くっ……!」
佐為は持ち慣れない刀の柄をつかんだ。
すばやい動きで手になじまない重さの刃を鞘から引き抜き、その白刃を、
足に絡む蔓の形をしたものに振り下ろす。
刃が、その異形に食い込む感触――だが、異形はその弾力で衝撃を吸収し、
太刀を受けて一旦は刃が食い込んだ場所も、佐為が力を抜けば、
その刃をいとも簡単に押し戻してふっくりと膨らみ、もとの形状にもどってしまう。
ヒカルにまつろいつく異形のものが、何かを見つけて、悦びに身を震わせた。
ぱくぱくと開閉するその先端の口らしきものから、ずるずると涎の
ようなものが流れ出した。その白泥した粘液でヒカルのふくらはぎを汚しながら、
上へと這い登ると、くるりと太ももを一巻きし、股の間に体をねじ込み、
その先端の口をヒカルの後ろの門へとよせた。
「…ひゃっ…!」
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思わぬところへさまよいこんだ、異形のモノの、冷たくむっちりとした
感触の薄気味悪さに、ヒカルが首をすくめた。
「ヒカル!」
佐為は、自分の足首に巻き付くそれが、簡単に断ち切れない事を見て取ると、
その源を冷静に見極め、今度は、床板の間からはみ出す蔦の形のものの一番の大元、
太く蠕動するその茎にあたる部分に刀を振り下ろした。
刃がずぶりとその肉に埋まる。
佐為は渾身の力をこめて、その異形の肉を横になぎ払った。
ビシャリと何かが潰れる音がする。
部屋が異様な臭気に満ちる。
肉片の様なものを飛び散らしながら、茎が半分にちぎれた。
ちぎれて飛んだ禍々しい断面をした肉片は、まるでバラバラにされた
ミミズのように1片1片がのたくり、跳ねる。
そして、何かに操られているかのように、自らの本体である
太い茎状のモノの方へ集まっていく。
それを見て佐為が再び太刀を振るおうとするのを、蔦の一本がムチのように
しなって打ち、その手から太刀を叩き落とした。佐為は慌ててそれを
拾うおうとしたが、太刀は、瞬く間に他の細い蔓に巻き取られ部屋の隅へと
持ち去られる。
その佐為の見る前で、大茎は、その傷口から、ブクブクと泡を発し、
みるみるうちに元通りの姿になってしまった。
元通り――いや、その表面は醜く節くれだち、さらに忌まわしさを増してはいないか。
その茎より延びて、ヒカルの体に巻き付くそれは、先端の口から
タラタラと糸を引く淫液を滴らせながら、その口でヒカルの皮膚を吸い、
舐め、貪るように身をくねらす。
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その粘液が触れた所から、じんわりと熱が広がり、あらゆる神経がマヒしていく。
冷たさも、熱さも、痛みも、何かに触れられているという感触でさえ、
その場所からは消えていく。その代わりに徐々に体を冒すものは、
身の毛もよだつような…。
「く……ぅん……」
ヒカルは、自分の神経を急激に侵食するその魅惑的な感覚に
抵抗しようともがく。
後ろの門の周りを、涎をたらして探るモノはそのままに、他の蔓が
夜着のすそから侵入し、胸を這い登り、その小さな乳首へとたどり着く。
「や、……ぁ……佐為っ」
「………ヒカル!」
ヒカルは必死に手を伸ばす。佐為も、せめてヒカルに触れたくて、
その妖しの肉の檻の中から救い出してやりたくて手をのばす。届くべくもなかったが。
そして、その佐為の手首にさえ、それは絡まり、まるで邪魔させぬと
いわんばかりに、佐為の細い手首を締め上げた。強烈な痛みに佐為が
苦悶の表情でうめき声をあげた。
「―っっ!佐為っ!」
その様子に、つかの間、ヒカルが自分の身も忘れて叫ぶ。
だが、すぐ同時に別の細い蔓が、ヒカルの幼い自身にからみつき、
しゃぶり上げるように吸い付いた。
「は……!ひっ……ん」
ヒカルは流されまいと、自分の体を開かせようとする蔦の力に、
渾身の力をこめて抵抗し、体を丸めようとする。
だが、その肉の蛇は、それ以上の力でヒカルの体を押し開き、その体を上向かせると、
その手をヒカルの頭上にまとめ上げるように拘束し、両の足首に絡みつき、
その足を、大きく左右に開かせた。
瞬間、ヒカルの体を大きな恐怖が走った。
頭の上で、両手を一緒に絡めとられ、頑健な力で、開いたまま両の足をきつく固定される。
――その時、ヒカルの目に映っていた下弦の月。
――秋の夜風に揺れる、黒々とした竹の葉。
「いやだーーーっっ!」
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ヒカルは、大きく身をよじった。
それを許すまいと蔦の形をしたものが、更にきつくヒカルの体を戒める。
――野犬の目をした男達。
自分の肌に吹きかけられた男達の息の熱ささえ、鮮明に思い出される。
「いやだっ!やだっっ!やっ……!!」
そのヒカルの口を、蔓の一本が、猿轡をするようにして塞いだ。
ヒカルはそれに思いきり噛みついたが、刀でも切断できないそれが、
人の歯で噛みきれるワケもなく。
それどころか、ヒカルが噛みついたところにわずかに傷がつき、
そこから青臭い淫液が滲みだして、ヒカルの口の中に落ちた。
「やっ…ぁぁ……ン」
口腔内に刺すような刺激が広がり、ヒカルは頭を強く振る。
頭の奥がじ…んとさせる、甘いしびれ。
蔦のうちひときわ太いものが2本、股の間を這い入ってヒカルの秘門の
周りをさぐり、白い粘液で汚し始める。
「あ……ぁ……」
思わず声が漏れた。その2本の蔦の嬲る動きに、まざまざと記憶に蘇るのは、
あの日、自分の体の上を這った、座間の、菅原の、男達の手の感触。
「やめ……やだ………」
ヒカルは太ももを閉じようとするが、より強い力で引きもどされる。
ヒカルを責め落とすことに夢中になった異形の、佐為を押さえる力がふと緩んだ。
「ヒカル!」
その期に佐為が、這うようにしてヒカルににじり寄り、手を差し伸べる。
ヒカルが手を伸ばせば、今度は届く距離だった。
「ヒカル、手を……!」
だが、当のヒカルに、佐為のその声は届かなかった。
今、ヒカルの耳に聞こえているのは、あの夜、自分を征服した男達の野卑な笑い声と、
荒げられた呼吸の音。男達の陽根が出し入れされる度に淫猥に耳をなぶった、精液の泡立つ音。
体を貫く、逃れようのない、熱と痛み。
「は……やだぁ……」
自分の中に掃き出された、気味の悪いものの感触を、頭より先に体が思い出し、
ヒカルのわき腹がひきつって震えた。
戒められたまま恐怖のために抗うことも忘れた手は、血の気がひいて白くなり、
吹き出た汗で、じっとりと濡れている。
白泥した淫液で穢され、慣らされてもいないその場所に、2本の蔦が絡み合って
その先端をねじ入れた。
「あ゛ーーーーーっっ!」
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