平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 51 - 52
(51)
遠目のきかない闇の中で、ヒカルはまわりの気配をしるために、そっと耳を
澄ませていた。
(明日、伊角さんちに顔出すまでには、全部終わってるかな。成功するに
しても、失敗するにしても)
遠くから。
かすかに土を蹴る音がする。ひたひたと。
そして、軽やかな鈴の音。
ヒカルは、黙ったまま肩で古瀬村の体を押して、緊張を促した。
目の前の通りを大きな黒い影がよぎる。
すかさずヒカルは飛びだして、その後を追おうとした――が、ドシンと
何かにぶつかった。
首領から遅れて走っていた、五条松虫の仲間のひとりだろう。
暗闇の中で、その男が、背負っていた袋を落とした。
口が開いて、袋の中の物がこぼれた。
腰の太刀を抜きかけていたヒカルの目が、一瞬見開かれる。
あわてて、男が袋に戻した金品の中に垣間見えた、あれは――青紅葉。
佐為の笛では、なかったか?
(52)
ヒカルが、自分が瞳が捕らえたものに惑い、わずかに動きを止めたその隙に、
盗賊らしき男は再び袋を背負い直し、先をゆく仲間の後を追う。
「古瀬村、送れるなよ」
闇夜を忍び奔る足音に、ヒカル達の足音が加わる。
(なんで、ここに青紅葉が……)
まさか、今夜ヒカルが目を離しているこの隙に、盗みに入られたとでも
いうのだろうか。
あの屋敷が、盗賊達に荒らされたというのだろうか?
ヒカルの装束は、今日は狩衣ではない。走り易く足元をたくしあげた水干だ。
ここまで盗賊たちがどれほど追われ続けてきたのかは、足音からは推し量り
ようがない。が、それでも検非違使たちが、今夜は本気で自分達を捕らえようと
していること、そしてその作戦にも、彼らは気付いたのであろう。
先を走る一団が、二手に別れる気配がした。
大袋を背負った影は左に。鈴の音は右に。
「おまえ右行け! びびるなよ」
相棒の顔の判別もつきかねる程の夜闇の中、ヒカルは古瀬村がいるあたりに
小さく叫ぶと、自分は迷わず大袋を背負う影の方を追った。
足音が、あばら屋の裏側に小路に駆け込むのを、耳が捕らえる。
追って、ヒカルも飛び込むと、暗闇から延びて出た何かに足を掬われた。
らしくもなく、無様に地に倒れ伏したヒカルだったが、すばやく身を仰向け、
太刀を抜いて、自分の喉元めがけて降り下ろされた小刀を受け止める。
その刃を跳ね返し、慌てて立ち上がったヒカルの腰は、だが、次には、暗闇から
延びた何者かの腕にからめとられた。
今さらながら、しまった、と思った。
荒事の際には、必ずふたり一組で行動するように、あんなに加賀に言われていた
のに。
後頭部に激痛が走る。
目の前で火花が散って、ヒカルの意識は、奈落の底に落ちた。
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