光明の章 51 - 55


(51)
全身にうっすらと汗をかき、息を弾ませ小さな痙攣を繰り返しているヒカルの
頬に、柔らかな髪が絹のように張り付いている。それを払うことすら億劫なの
か、ヒカルは両足を椅子から投げ出し、弛緩しきった下半身を露出させたまま
というあられもない姿にもかかわらず、しばらくは木偶のように転がっていた。
全てを飲み干した越智は口を拭い、ヒカルの顎を掴むと、まだ正常に呼吸でき
そうにない紅く熟れた唇にキスをした。自分の放ったものとはいえ青臭い、苦
味の残る後味に、ヒカルの表情が複雑に歪む。
「…マズ…よくこんなの飲めるよな」
「愛情がないと無理だね」
「……よく言うよ……」
越智は机の引き出しからチューブを2個取り出し、ヒカルの目の前にかざした。
「どっちがいい?」
どちらもすでに使用済みなので、ヒカルは容器を見ただけでそれが何であるか
を瞬時に理解できる。紫色の透明なジェルも結構怪しげな代物なのだが、もう
一方の赤いのに比べれば百倍も千倍もマシといえよう。
「お前それ、この間捨てるって言ったじゃねェか!」
「そうだったっけ?……最終的には気持ち良くなるんだから、どれを使っても
同じだろ」
「全然違うよ!バカ!」
赤いチューブを目にし、ヒカルが激昂する。越智がネット通販で購入したとい
うそのクリームは、痒みを引き起こす成分が主らしく、塗るとその箇所はじわ
じわと熱くなり、やがて耐えられないほどの痒みに襲われる。この商品は例外
なく性交渉時に使用され、塗られた側は熱くて痒くて、常に何かで強く擦って
もらわないと気が狂いそうになる。それ故、どんなにオクテな人間だろうと、
一度使用されてしまえば最後、与えられる享楽の前に跪くしかない。
付け加えれば後始末も大変なので、二重に厄介なのだ。
「そんなに怒らなくてもいいよ、使わないから」
越智は楽しげに笑い、赤いチューブを引き出しに戻した。
予想通りの反応を返すヒカルは素直で単純で面白い。
もう可笑しさを通り越し、愛しくて愛しくてたまらない。
偶然手に入れた玩具に過ぎなかったヒカルに、まさかここまで入れ揚げるよう
になるとは思わず、越智は己の心境の変化に自嘲しつつも、決してヒカルを手
放そうとはしなかった。
興奮状態のヒカルを宥めると、越智は残ったチューブから薄い紫色のジェルを
手のひらに捻り出し、人差し指に絡めた。元々老人向けの夜の潤滑油として販
売されているこのジェルは、男同士の行為にも使い勝手がいい。多少催淫性も
あるらしいが、その効果は人それぞれだった。
越智は椅子に腰掛けているヒカルの体を、ほんの少し下に引き摺り下ろした。
再び膝を立たせ、心持ち腰を浮かせる。
ヒカルは椅子の手すりを掴み、両足に力を入れ、次に来る行為を思い固く目を
閉じた。憎まれ口を叩きながらも、結局は越智に従うしかない。それも今日ま
での辛抱だと思うと、大抵のことなら耐えられる気がしていた。
越智はそんなヒカルに一瞥を与え、冷たく濡れた指を秘所へと慎重に沈ませた。


(52)
越智の人差し指が桃のように愛らしい双丘の奥に触れた。ジェルの冷たい感触
に、ヒカルの体が大きく波打つ。
「は、んっ」
いきなり挿入せず、越智は絞りの中心へ、弧を描くようにゆっくりとジェルを
撫で付けた。大きく開かされた足の間で、ピッチリ締まった華口が薄いピンク
色に染まり、悩ましげに震えている。秘部周辺はすでに、体温で溶けたジェル
でベトベトに濡れ、怪しくテカった液が幾つもの筋となり、椅子の上に滴り落
ちた。
ワザと中央を避け、焦れるような愛撫を繰り返す越智の仕打ちに、ヒカルは歯
を食いしばって耐えた。それでも一番強い刺激を欲して、腰が自然と浮き上が
る。越智の指を無意識に誘うヒカル。純粋さゆえ余計淫らに映るその動きに、
越智は満足気に頷くと、充分潤った人差し指をヒカルの内部へと侵入させた。
「!!」
ゆっくりと押し込まれる濡れた指を、最初ヒカルの体は外へと押し出すような
動きを見せた。だが無理に中程まで沈めると、今度は逆に奥へ奥へと引き込も
うとやんわりと締め上げてくる。越智は中の肉壁にも丁寧にジェルを塗り込ん
だ。異物感はやがて快感と綯い交ぜになる。無限とも思える気持ち良さに、ヒ
カルは腰を何度も揺らして刺激を最奥へと導いていく。
越智は人差し指を一度抜くと、次は中指も一緒に挿入した。ヌチャッという耳
障りな、それでいて官能的な音が双方の耳に届く。互いの情欲にさらに淫靡な
火が灯り、ヒカルの口からは甘い喘ぎがこぼれ、途切れることがない。
「あ…ンン、はぁっ…」
越智は二本の指をV字に開き、激しく内部を掻き混ぜ、なんとか軌道を確保し
ようとする。蠢く異物を拒むどころか貪欲に呑み込もうとする襞の蠕動に助け
られ、そこはかなり抜けが良くなった。
止むことなく襲う快感の波に、ヒカルの足がびくびくと上下に動く。その度に
白い靴下が生き物のように揺れ、見る者のさらなる滾りを招く。
先ほど達したばかりのヒカルの分身は、後ろへの刺激で再び勢いを取戻し、大
きく傾き始めた。それに気付いた越智が冷笑を浮かべる。
「まだ指だけなのにイッちゃうんだ?…イヤらしい体してるよね、進藤」
「…バッ…ふ…ざける…な…」
越智は片方の手で堅くなったヒカルのものをぐいと腹へと押し倒し、そのまま
擦りつけるように手のひらで上下に摩った。一見乱暴な愛撫は、痛みとは別の
感覚を確実にヒカルにもたらしてくれる。それをよく知る体は、溜まった熱の
出口を求めて前後左右に激しく動き、絶頂の瞬間を何処からでも手繰り寄せよ
うとする。
前と後ろを同じリズムで愛撫され、ヒカルの全神経が下半身に集中する。この
まま続けていけば、体が溶けて消えてなくなりそうだとヒカルは思う。けれど、
そうなっても構わないと思えるほど、ヒカルは施される快楽の虜になっていた。
早く楽にして欲しいと声なき声で越智に懇願する。
「進藤…これってイイ…?」
ひとつひとつ、ヒカルの反応を確かめながら、越智は後ろを指で嬲っていく。
その刺激によって大きく膨らんだ猛りを、越智は一気に押し付け、強く擦り上
げた。ヒカルの顎がせり上がる。二度目の射精──ヒカルはあっけなく達した。


(53)
「…………」
勢い良く放たれた精がヒカルのシャツに点々と散らばった。溶けてなくなる事
もなくくっきりと残ったままの白い証を、ヒカルは焦点の定まらない目でぼん
やりと追った。羞恥心などとうに消え失せた。あるのは欲望に忠実な体とほん
の少しの絶望感だけだ。
それでも無理矢理輪姦されそうになった時の身の毛もよだつ嫌悪感に比べたら、
これくらいの辱めなんて全然マシなモンだ、とヒカルは思う。卑怯な手段で自
分を陥れた越智を完全に許したわけではないが、暴漢どもに襲われた体験を恐
怖そのものだとすると、越智の行為にはまだ自分に対して情があるような気が
する。そんな些細な違いに気付いたからといって越智に対する評価を上げるほ
ど、ヒカルは能天気でもお人よしでもない。越智を憎いと思う気持ちにもさほ
ど変化はなかった。
すっかり脱力しきって呆けた状態のヒカルの体内から、越智は動かしていた指
をゆっくりと引き抜いた。
「んッ」
どうしても過敏にならざるを得ない箇所が、微かな動きに反応して切なげに口
を窄める。越智は慌てた様子もなくズボンの前を寛げると、まだ成長しきって
いない己自身を取り出し、濡れて妖しく光る華口へと先端を挿し入れた。
「──!」
何度試しても慣れる事のない異物感に、ヒカルの体が上へと逃げる。越智はヒ
カルの両膝に手を当て、腹の方へと強く押し遣った。自然と腰が浮き上がるこ
の体勢はヒカルには少々苦しい。ヒカルは手すりに掴まり、背中を下へとずら
しながら、もっとも受け入れやすい姿勢を取った。
越智の手がヒカルの体を椅子に強く圧しつける。同時に一気に腰を進め全てを
ヒカルの中に収めると、とりあえず道が広がるのを待った。
「もういい頃かな。…動くよ」
越智は、異物を外へ押し出そうとする力に対抗すべく、ゆっくりと抜き差しを
繰り返した。ジェルの助けを借りてかなり緩くなった内壁を、越智の塊が掠め
るたびに、ピチャピチャと水の中にいるような音が響く。すべりが良くなると
引っ掛かりが少なくなり、肉を擦られる快感もその分減ってしまう。ヒカルは
より多くの快感を得ようと懸命に腰を振り、何度も越智を締め付けるような動
きをみせた。初め越智の進入を拒んだ慎ましやかな箇所は、今では愉悦に打ち
震え、どんな快楽も漏らさぬよう貪欲に蠢き纏わりついてくる。蕩ける様な熱
いヒカルの感触に、越智の分身も我慢できないほど大きく膨らみ始めた。
それを合図に、越智は腰を激しく動かす。
「──くッ、──んッ、──んッ」
律動によって椅子に強く打ちつけられる度に、ヒカルは無意識に声を上げる。
その鼻にかかった甘く甲高い声と、強くきつく締め上げてくる内部の淫らな刺
激に負け、越智は中へと欲望を迸らせた。
肩で息をつき、越智が萎えたものをそろそろと引き抜く。ヒカルは出て行く感
触を惜しむかのように弱い力で越智を包み、後を追った。


(54)
今度は椅子に手をつかされ、後ろから挿入された。突き上げられる衝撃と、前
に回された越智の手から与えられる乳首への執拗な愛撫に、ヒカルは自己嫌悪
に陥るほどすぐさま達してしまった。自ら撒き散らした精液で、手も椅子も何
もかもがびしょ濡れで気持ち悪い。それでも越智は構わず、あっさりと手の中
に堕ちたヒカルを満足そうに抱き締め、言った。
「可愛いよ、進藤……塔矢にも見せてやりたいくらいだ」
「ッ…お、前なんか、大ッキライだ…」
「ボクは──そうでもないけど」
その後何度貫かれ、何度イカされたのだろう。朦朧とする意識の中、ヒカルは
越智に縋っていた手から力を抜いた。もうそんな事はどうでも良い、早くこの
悦楽の宴から解放されたかった。
ところが、越智が完全に抜け出た後、いまだ残る奇妙な疼きにヒカルは思いっ
きり動揺した。一度自覚するとそれははっきりとしたカタチとなってヒカルに
訴えてくる。
「……なん…で」
本人の意思とは裏腹に、ヒカルのものは数度目の射精を求めて反り返る仕草を
見せた。
「まだイケるんだ…フーン、進藤って底なしの淫乱?」
越智の言葉にヒカルは顔を赤く染め、勃ち上がった己を手で庇った。
「なんてね。多分、ジェルの効果が今頃現れたんだよ」
そんなヒカルに煽られ、越智も普段より数回多く果てているので、さすがに今
からまたヒカルを抱こうという気は起こらないようだった。
越智は身繕いを終えると、嫌がるヒカルを無理に抑えつけ、手で射精を促して
やった。過ぎた快感が連れて来る苦痛に、ヒカルは小さく呻く。まだ何かを出
したいのに、体の中には何にも残っていない。内股が小刻みに震え、時折大き
な波が襲ってきてはヒカルの体を跳ね上げる。
「約束どおりこれが最後の1枚」
越智は机の引き出しからポラロイド写真を取り出し、ヒカルの腹の上に置いた。
怪しいジェルの副作用に苦しみながらも、ヒカルは写真を手に取り、出せる力
を振り絞っておもむろに左右に引き裂いた。被写体となっていたのは、二ヶ月
前の自分だ。ヒカルはその写真を原形を留めないほど細かく千切り、床にばら
撒いた。最後の契約は、これで終了したのだ。
越智はヒカルの動作を黙って見つめていた。その表情は奇妙なほどに淡白で、
感慨も、その他の感情も何一つ読み取れなかった。
「…最後にもう一度キスしたかったけど、噛み付かれそうだからやめとくよ。
 今日はボクが客間で寝るから、進藤はこの部屋で寝れば」
「…………」
「じゃ、オヤスミ」
ヒカルの返事などはなから期待していない素振りで、越智はそれきり振り返り
もせず部屋を出て行った。
一人取り残された部屋で、ヒカルは形容しがたい感情に震えが止まらず、声を
押し殺して泣き続けた。自由を手に入れたはずなのに、涙が止まらなかった。


(55)
「ぼっちゃん、進藤さんがお帰りになりますよ。見送りはよろしいんですか?」
客間の扉を半開きにし、家政婦が中で寝ている越智に声をかける。
本当なら自室で眠っているはずの越智が、何故ヒカルのために用意した客間に
いるのかは大きな謎だが、それは一介の家政婦が詮索すべき事柄ではない。
家政婦の声が聞こえているのかいないのか、越智はベッドの中で一度寝返りを
打ったがそれきりで、起き出すような気配は感じられなかった。
家政婦は深い溜息をつき、玄関先でヒカルの対応をしている越智の祖父の元へ
と戻った。そして首を横に振り、越智が起きない旨を身振りで伝えた。
「そうか…全く困ったヤツだな…。進藤君、一緒に朝食でもどうかね。康介も
 そのうち起きて来ると思うのだが」
「い、いいえ。オレは家で食べますから」
「まぁ、そう遠慮することはない。君には無理を言って来て貰ったようなもの
 だからね。…実は君を毎週家に呼びたがっていたのは、康介の方なんだ。あ
 の子が同じ年頃の子供を家に呼ぶなんて初めての経験だったんで、私も、も
 ちろん家の者も少々はしゃぎすぎてしまった感はあるが」
越智の祖父はそこで言葉を切り、ヒカルに向かって頭を垂れた。
「どうかこれからも、康介と仲良くしてやってくれ」
孫を一途に思う祖父の言葉が、越智に対して憎しみしか抱けない胸に痛い。祖
父も家政婦も良い人でなので、八つ当たりのようにつれなくするのは少々気が
引ける。だからといって嘘でもわかりましたとは言えず、ヒカルはなんとか曖
昧な微笑でかわし、即答を避けた。
三十分後ならば運転手に家まで送らせられるという誘いも断った。越智の祖父
には悪いが、一刻も早くここから立ち去りたかったからだ。
「──ありがとうございました」
ヒカルは感謝の気持ちを込め、きちんと頭を下げた。そして、二ヶ月通った重
厚な造りの扉を開ける。新しい一日の始まりだというのに、太陽は雲に隠れた
まま顔を見せない。今にも雨が降り出しそうな曇天模様の空に、自由になって
嬉しいはずのヒカルの気持ちもイマイチ晴れない。
家政婦が先回りして、外の門を開けてくれた。ヒカルは礼をいい、越智邸の敷
地から外へと踏み出した。悪魔の呪縛は解けたのだ。この先何があろうとも、
自らの意思でこの家に来る事は二度とないだろう。
ヒカルは疲労困憊な体を引き摺るようにして、ゆっくりと歩を進めた。
三十分程歩いた頃、運悪く空から小雨が降ってきた。
「やべェ…雨だ…」
ヒカルは雨を避けるように無理して走ったが、ただでさえ疲れている所へ空腹
気味とくれば、思うような距離は稼げず、早々にギブアップして民家の軒下に
避難した。どうやら雨は止みそうにない。薄い灰色の雲はすでに街全体を覆い
つくし、遠くの方では雷雲が徐々に広がり始めている。本降りになるのも時間
の問題だった。
雨が強くなる前に駅まで急ごうと、ヒカルはびしょ濡れ覚悟で再び歩き始めた。
その時丁度一台のタクシーがヒカルを追い越し、十メートル程進んだところで
左側に停車した。オレンジ色のハザードがチカチカと点滅している。
中から人が降りるわけでもなく、かといって誰も乗り込まない不審な車両に、
ヒカルは警戒心を抱きながらも無関心を装って、急いで通り過ぎようとする。
そんなヒカルを引き止めるように、タクシーのドアがスッと開いた。
「送っていくよ」
懐かしい声。振り向くと、アキラが虚ろな瞳でヒカルを見つめていた。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル