日記 51 - 55
(51)
アキラがヒカルを貫きながら、何かを呟いていた。快感に思考を侵略されているヒカルには、
最初、言葉を言葉として、捕らえることが出来なかった。だが、呪文の様に、何度も
繰り返されているうちに、徐々に理解し始めた。
―――――キミが好きだ…キミのこともっと知りたい…全てのことを…
アキラは、それを意識して言っているわけでは、ないようだった。無意識のうちに口から
零れ落ちた言葉のようだった。
ヒカルは何とも言えない気持ちになった。無意識のうちに出た言葉は、アキラの心を
そのまま映し出したような気がした。ヒカルは罪の意識に苛まれた。
だって…。言えないことがいっぱいある…。
「―――――!!あ…あん…とう…や…」
アキラの動きが激しくなる。ヒカルは、断続的に悲鳴を上げた。とぎれ、とぎれの息の中
ヒカルもアキラへの想いを呟き続けた。
(52)
アキラは、ヒカルの言葉を何度も反芻していた。ヒカルはまだ眠っている。もう、太陽は、
かなり高い位置に来ているが、まだ、目覚める気配はない。アキラはずいぶん前から、
目覚めていたが、昨夜と同じ裸のままでヒカルの隣で膝を抱えていた。ヒカルの肌のぬくもりを
感じていたかったからだ。
――――――オレも好き……塔矢のこと…大好き…誰よりも好き……
でも…それじゃダメかな…?それだけじゃダメなのかな…?
その意味をずっと考えていた。ヒカルの気持ちが痛いほど伝わってきて、自分の勝手さに
腹が立つ。
進藤が起きたら謝ろう――――――そう思っていた。
向こうの部屋で、電話のベルがなった。アキラは、軽く舌打ちして、ベッドを降りた。
電話はヒカルの母からで、お礼とお詫びを互いに言い合った。戻ってくると、ヒカルは、
もう起きていた。電話の音で目が覚めたのだろう。裸のまま、ベッドの端に腰をかけている。
その胸には、何かを抱いていた。
(53)
アキラが声をかけるより早く、ヒカルが胸に抱いていたものを差し出した。
「これは…?」
ヒカルの日記だ。表紙にリンドウの絵が描いてある。奇麗なノート。
「オレ…塔矢に秘密にしていることいっぱいある。でも、オレはそれを話せない……
……話したくない…だから、塔矢がどうしても知りたいなら…」
ヒカルは、ちょっと息をついた。
「…読んでいいよ。それ…それ読めば…全部じゃないけど…わかるから…」
そう言って、アキラの手に無理矢理それを押しつけた。
―――――進藤に試されている?
アキラはそう思った。だが、同時にそれを否定した。ヒカルはそんなことをしない。
本気でアキラを心配しているから、これが、ヒカルにとって精一杯の好意なのだ。
アキラは黙って、手の中のノートを見つめた。
リンドウ…本物はこれよりもっと美しい。ヒカルは本物のリンドウを見たことが
あるのだろうか?きっとないのだろう…描かれた花の美しさに目を奪われていたヒカル…
これは、ヒカルにとっての聖域をそのまま顕わしているのかもしれない。
アキラは、ヒカルにノートを返した。
(54)
アキラに日記を返されて、ヒカルはきょとんとアキラを見つめた。
「見ないの?」
アキラは黙って頷いた。
「見てもいいんだよ…だって…オレ…」
ヒカルが言い終わらないうちに、アキラがヒカルにキスをしてきた。
「ごめん…進藤…」
アキラに謝られて、ヒカルはびっくりした。謝るのは自分の方だと思っていた。
「ボクは…進藤のことを知りたい…どんな些細なことでもいいから…それは仕方がない…
どうしても止められない……でも、無理矢理聞きたい訳じゃないんだ…」
ヒカルの肩にアキラが顔を埋めて、呟いた。サラサラと零れるアキラの髪が、くすぐったい。
「昨日、キミが言ったこと…すごく意外だった…無邪気なキミの中にあんなキミが
いるなんて、ボクは知らなかった…少しずつでいいから…あんな風に自然に、
ボクの知らないキミを知りたい…」
アキラの告白に顔が赤らむ。ヒカルは、自分が恥ずかしくなった。
「オレ…勘違いしてた?」
アキラは首を振った。
「違うよ。ボクはいつだって、キミの全てを知りたくて仕方がないんだ。」
ホントはそのノートだって、見たいのにやせ我慢しているんだよ――――
アキラが笑って言った。
(55)
「さあ…着替えて食事に出ようか。昼前だよ。」
アキラが服に袖を通した。ヒカルは裸のまま、窓辺へ寄って、カーテンを開けた。
「もう、こんなに陽が高いんだ…」
窓を開けると、気持ちのいい風が部屋の中を通り抜けた。どこか、遠くで風鈴の鳴る音が
聞こえた。
「あ…そうだ…!」
ヒカルは、鞄の底を浚った。アキラが、不思議そうにヒカルを見ている。
「進藤?」
「ああ…あった、あった。」
ヒカルはそう言って、アキラに鞄から取り出した箱を渡した。
「これは?」
「やるよ。塔矢に。」
アキラは、包みをほどいて、箱を開けた。陶器で作られた金魚。
「風鈴?」
ヒカルはにこにこと笑った。
「夏の風物その二。おマエん家、ちょっとものなさ過ぎ。」
アキラは、その可愛らしい風鈴を目の前にかざしている。時々、通り過ぎる風が、風鈴を
微かに揺らす度、涼しげな音が部屋を飾った。
「ありがとう…」
アキラに礼を言われて、ヒカルは照れてしまった。だって、アキラがあんなに嬉しそうな
顔をするなんて思っても見なかった。
「ところで…早く服着てくれないかな…でないと…また、したくなる…」
アキラに、そう言われて、自分がまだ裸のままだったことを改めて思い出した。
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