再生 51 - 55


(51)
ヒカルにとって、それほど大事なことだったのだろうか?
緒方さんのことをそんなに……?
カッと頭に血が上る。
緒方を妬ましく思った。
それでも、アキラにとっては、自分の意地よりもヒカルの方が大事だった。
緒方とヒカルの間にあるものも気になったが…。
それより、緒方に会うことで、ヒカルの気が済むのなら――――
ヒカルのために譲歩しよう…。
進藤の手を自分から離せるほど――――――ボクは強くない……。

「会うだけだ………」
あの時のことを思い出すと、今でも息が止まりそうになる。
だが、ヒカルを失うこと以上に、恐ろしいものなどないはずだ。
アキラは、静かに立ち上がった。

電話をかけようとしたが、指が震えてうまくボタンが押せない。
深く息を吸い込んで、気持ちを落ち着けようとした。
ヒカルの残した鍵を握りしめた。
受話器から、コール音が聞こえる。
一回…二回…三回…
「はい」
低く通る声が、耳に心地よい。
アキラは、その声をよく知っている。
もう一度息を吸い込んで、アキラは口を開いた。


(52)
この家を訪ねるのは、本当に久しぶりだ。
部屋の中は以前のまま、アキラの記憶とほとんど変わりがない。
懐かしい気がした。
アキラの気持ちは不思議と落ち着いていた。
よく知っている部屋だから―――?
それとも、開き直ってしまったのだろうか―――?

緒方の話を聞くより先に、アキラが質問を投げた。
ずっと、胸の中で消せずにいた不安。
「緒方さん…進藤のことどう思っているんですか?」
沈黙が辺りを包んだ。
「…好きだよ。とても惹かれている…」
アキラは、瞬間息を飲んだ。
薄々見当はついていたので、それほどショックではなかったが。
緒方さん……やはり……。意外と冷静に受け止めた。
だが、緒方が次に発した言葉はアキラに激しい衝撃を与えた。
「君のことも…好きだったよ…」
「本当はとても愛していた…言えなかったけどね…」

一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
じわじわと脳に、緒方の言葉が浸みていく。
嘘を吐くな…!そう怒鳴ろうとした。
ゆっくりと緒方の顔を見た。
緒方は、胸のつかえがとれたような、晴れ晴れとした顔をしていた。
色の薄い瞳の中に僅かに悲しみが揺らいでいた。
声が出ない。唇が震える。
本当のことなのだ…。
振り上げていた拳をどこに下ろせばいいのだろうか?
「君が気にする必要はない。俺のやり方が不味かっただけだ。」
傷ついたのは君だ…。
緒方の声は静かだった。
「ずっと言いたくて…言えなかった…」
アキラはただ立ちつくしていた。


(53)
堰き止められ、澱んでいた水がいきなり流れ出した。
清水が全身に隅々まで行き渡る。
ずっと胸の奥に隠されていた想いを吐き出し、ほぅっと息をついた。
体の中の毒が抜けたように軽い。
アキラは呆然と立ち竦んでいる。
当たり前か…。彼にとっては青天の霹靂といったところか。
「君が、進藤に惹かれているのを知ったときは憎しみで一杯だった…。
 嫉妬で狂いそうだった…。だが…それ以上に…悲しかった……」
それまで、自分がアキラに本気だったことに気づいていなかった。
アキラの不実さを責める反面、幼い恋を叶えてやりたいとも思った。
でも、どうすればいいのかわからなかった。
心が引き裂かれるようだった。
いっそ粉々に砕いてしまえ――――そう思って、掌の中の珠を叩き付けたのだ。

「進藤は…知っていたんですか…?」
アキラが絞り出すような声で聞いた。
緒方が無言で頷いたのを見て、アキラは天を仰いだ。
「進藤が…俺にじゃれつくのを君は不快に思っていただろうが、
 あれは彼奴なりに気を遣っていたんだ。」
緒方は淡々と話した。その口調とは裏腹に口元はかすかに微笑んでいた。
心の中でヒカルの姿を思い描いた。
「ボクを好きだった……過去形なんですね…」
「………」
アキラが深い眼差しを緒方に向けた。
緒方は、同じ眼差しをアキラに返しただけで答えなかった。
ヒカルとのことは、一生二人だけの秘密だ。


(54)
「緒方さん……進藤の合い鍵は――――?」
アキラが、躊躇うように、だが、真剣な口調で訊ねた。
何故、ヒカルに合い鍵を渡したのか?
知りたい。嫉妬を心の奥に無理矢理押し込めた。
「遊び…じゃないですよね?」
ヒカルが傷つくようなことは嫌だ。
緒方はヒカルを好きだと言った。
その気持ちは本当だと思いたい。
自分と緒方の関係とは違う方が――遊びではない方が――いい。
本気の方がまだましだ。
こんな時でも、まだ、ヒカルを守りたい自分はバカかもしれない。
でも、ヒカルを傷つけるよりは自分が傷ついた方がいい―――そう思った。

アキラの発した「遊び」という言葉に、緒方は軽く眉を顰めた。
だが、すぐに、ふっと視線を和らげ、対峙するアキラを優しく見つめた。
目の前にいる男は、自分を苛んだ男と本当に同一人物なのか?
凛として、涼やかだ。あの時の炎のような男とは違う。

「どうでもいい相手に鍵なんか渡さない。――――君もそうだろう?」
緒方は静かにアキラに言った。

それじゃあ…ボクにくれた鍵も―――――?


(55)
アキラが去って、緒方は独り、部屋の中に取り残された。
水槽の前に立ち、熱帯魚に餌を与える。
切り取られた美しい世界。
優しく、守られた世界。
だが、どこにも行くことはできない。
この狭く限られた世界の中を、気持ちよさそうに魚達が泳いでいる。
―――――こんな風に置いておきたかったのだろうか?
隔離された場所で、愛玩して、守って?
ヒカルもアキラも、こんな世界は相応しくないのに……。
傷ついても苦しくても――――果てしない自由な世界が似合っている。

餌の容器を水槽の前に置いた。

「遊びか…」
アキラのあの言葉を聞いた時、少し悲しかった。
アキラは、やはり自分との関係をそう思っていたんだな。
自分でもそう思っていたのだから、アキラが同じように考えていても当たり前か…。
それでも、やっぱり、胸が痛んだ。
帰る際のアキラの様子を思い出した。
アキラの顔は蒼白だった。
ひどく狼狽える様が痛々しくて、可哀想だった。
その姿を見て、思わず頭を撫でて慰めたくなってしまった。
心配しなくてもいいと背中を叩いてやりたかった。
アキラをそんな風に扱ったことは、一度もない。
ヒカルの影響かもしれない。
苦笑した。

そう言えば、ヒカルは、この水槽をいつも、どんな気持ちで見つめていたのだろうか?
まあ、いいか…。
これから先、いくらでも話をする機会はあるだろう。
その時は、アキラも一緒だとうれしいが――――――――

窓を開けて、風を呼び込む。
清浄な空気が胸を満たした。
今夜はゆっくり眠れそうな気がする。
酒をあおって、無理矢理、眠るような真似をせずにすむだろう。

子犬のようにじゃれあう二人の側で、笑っている自分がいた。
夢だと言うことはわかっていたが、とても幸せだった。



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