トーヤアキラの一日 52 - 53


(52)
二人は殆ど会話をしないまま駅に着いた。
アキラが足を止めるとヒカルが振り向き、久し振りに視線を合わせた。アキラの顔を
見たヒカルは少したじろいでいるようだった。それだけ、アキラの表情は固く鬼気迫る
様相だったからだ。
それを感じたアキラは無理をして笑顔を作り、疑念を取り払った本当の気持ちを伝える。
「今日は来てくれて嬉しかった・・・・・」
そう言いながらヒカルの手に触れたくて腕を前に伸ばしかけるが、ヒカルはポケットに
手を入れたままでアキラの顔を見ている。笑顔のアキラの顔を見て、少しホッとした
ヒカルは真剣な表情で答える。
「うん・・・・・あのさ、塔矢・・・・・」
アキラの心拍数が激しく上がり表情も再び固くなる。
「何?進藤」
「・・・あ、いや、別に・・・・・じゃあ、またな」
と、言いながらヒカルは体を翻して足早に改札口に向かって行った。
その後姿は、さっき部屋で抱き締めていた人物とは別人のようで、アキラは無性に寂しく
切なく、結局ヒカルの何も手に入れられなかったような虚しさに襲われる。
ヒカルは振り向きもせず歩いて行く。背中のバッグだけが揺れながらアキラに手を振って
いるように見えて、思わず軽く手を上げてそれに応えた。
アキラの視界からヒカルが消えても暫く動かず、脳裏に浮かぶプラットフォームに立つ
ヒカルを見続けながら想う。
───キミを絶対に離さない、誰にも渡さない、誰にも触れさせない・・・キミの全てが
欲しい・・・キミの身も心も何もかも手に入れたい。

家に帰ったアキラはPCの前に座って暫く放心していた。
さっきまでこの部屋に居たヒカルの残り香を感じながら、今日の対局の事、緒方に浴びせ
かけられた言葉、そしてヒカルの事を考える。色々な事がありすぎて心の整理がつかない。
疲れていたからか、アキラはそのままウトウトと眠ってしまった。


(53)
目が覚めるとヒカルが側に立っていて、碁を打とうと誘ってくる。久し振りの対局に心を
躍らせて碁石を持って打ち始める。お互いに息もつかせず物凄い速さで打ち続け、
アキラがやや優勢の盤面で、ヒカルは大きな音をたてて黒石を打ち込んでくる。それは
見事な一手で百戦錬磨のsaiを思わせる打ち回しだ。驚いたアキラがヒカルの顔を見ると、
ヒカルは声を出して笑いながら立ち上がり『ヘヘヘ、じゃあ、またな塔矢。オレsaiの所に
行くから』と言って金色の前髪をなびかせて楽しそうに走っていく。『待て、進藤!対局は
終わってないぞ!待て!待ってくれ!』
アキラは机をドタッっと叩きながら「進藤!!」と叫び起き上がった。
───夢か・・・・・・・。

アキラはPCの電源を入れた。
目的は、ヒカルと肉体的にさらに深く結ばれるために、おぼろげな知識をさらに確実に
するためだ。
今まではその未知の行為にそれ程の意味があるとは思っていなかったのが事実だ。
最初は抱き締め合えば満たされると思っていたのに、キスをしても、素肌に触れても、
二人で慰めあっても、身体に渦巻く欲望は満たされ尽くす事は無かった。
もっとヒカルの乱れる姿が見たい、自分の名前を漏らしながら喘ぐ声が聞きたい、
ヒカルを自分の手で溺れさせたい、全てを知り尽くしたい。
ヒカルの心を全て掴もうと思っても、ヒカルは秘密を打ち開けてくれず壁を作っている。
それだけは今のアキラにはどうしようもない事が分かった以上、せめて肉体だけでもより
深く手に入れたいとアキラは強く思った。



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