無題 第2部 53
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電車が地下に入り、何気なく見た目の前のドアに映っている人物がなんとなく自分を見ている
ような気がして、アキラは振り返った。
その男は慌てて視線をそらしたようだったが、少しするとまた、アキラの方を見る。
―なんだ…?失礼な。
不愉快に感じて、軽く睨んでやった。
が、その男はアキラの視線をとらえて、にやっと笑った。
アキラはカッとしてその男を睨み付けた。だが、男はアキラの視線などものともせず、
にやにやと笑って、面白そうにアキラを見返した。
そして今度はもっと無遠慮に、じろじろとアキラの全身を眺め始めた。
そうしてもう一度、睨み付けるアキラの顔をとらえて、下卑た笑いを浮かべた。
屈したのはアキラの方だった。
悔しさに唇を噛みながらアキラは男から目を逸らし、彼に背を向けた。
が、アキラはすぐにそれを後悔した。
背を向けていても、男の視線が舐め回すようにアキラの全身を視姦しているのを、アキラ
は感じた。屈辱で全身が震えるようだった。手すりを握り締める手が白くなっていた。
車内のアナウンスに乗客が入口に移動する。それに紛れてその男がアキラの背後に立った。
アキラの全身が硬直した。
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