誘惑 第三部 53
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「なんだ、芦原なんかに相談したのか?」
「あんたよりはマシでしょ。
ふふん、羨ましいんでしょ。アキラの相談してくる相手が自分じゃなくってさ。」
「誰が。相談なんて名前ののろけを聞きたい奴なんているか。
大体、オマエに相談して、何の役に立つって言うんだ?」
「緒方さん、あなたね、あなたが前に失恋したって落ち込んでた時に慰めてあげたのは、一緒に
飲んであげたのは誰だと思ってるんです。
まーったく、兄弟子の失恋には自棄酒を付き合ってやり、弟弟子の恋の相談には乗ってやり、
あーあ、オレって何て優しいんだろ。」
「自分で言うか、バカ。」
「だって自分で言わなきゃ誰も言ってくれないんだもん。緒方さんもアキラも薄情だからなあ。」
「そんな事ないですよ、感謝してますよ、芦原さん。」
「言われてやっと言うんじゃなくってさあ、それならもっと感謝の意を示してくれよ、アキラ。
それにしても、一体、いつの間に仲直りしたんだあ?」
「オレは知ってるぜ。」
「何?何ですか、緒方さん?」
「アキラくんと一緒に中国に行ってた奴らの一人がこの間、ぼやいてたからな。
塔矢アキラは帰国の日は一日ずっとそわそわと落ち着かない風で、成田に着いたら出迎えも全部
無視してあっという間に消えちまったって。一体誰に会いに行ってたんだろうなあ?」
「…ええ、お察しの通りですよ。」
「やっるなあ。成田から直行で会いに行ったのか?
そりゃあ、カノジョもほだされるよなあ。うっわ、情熱的。
それで?何て言ってヨリ戻したんだ?」
「ええ、そりゃあもう、土下座する勢いで謝って、何があってもそれでもキミが好きだからって、
縋りついて泣きついて、許してもらいましたよ。」
「おまえが…そんな事、するのか?」
「だってプライドなんてどうでもいい事でしょ。そんな事より、大事な人を取り戻す事の方が。」
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