誘惑 第三部 53 - 54
(53)
「なんだ、芦原なんかに相談したのか?」
「あんたよりはマシでしょ。
ふふん、羨ましいんでしょ。アキラの相談してくる相手が自分じゃなくってさ。」
「誰が。相談なんて名前ののろけを聞きたい奴なんているか。
大体、オマエに相談して、何の役に立つって言うんだ?」
「緒方さん、あなたね、あなたが前に失恋したって落ち込んでた時に慰めてあげたのは、一緒に
飲んであげたのは誰だと思ってるんです。
まーったく、兄弟子の失恋には自棄酒を付き合ってやり、弟弟子の恋の相談には乗ってやり、
あーあ、オレって何て優しいんだろ。」
「自分で言うか、バカ。」
「だって自分で言わなきゃ誰も言ってくれないんだもん。緒方さんもアキラも薄情だからなあ。」
「そんな事ないですよ、感謝してますよ、芦原さん。」
「言われてやっと言うんじゃなくってさあ、それならもっと感謝の意を示してくれよ、アキラ。
それにしても、一体、いつの間に仲直りしたんだあ?」
「オレは知ってるぜ。」
「何?何ですか、緒方さん?」
「アキラくんと一緒に中国に行ってた奴らの一人がこの間、ぼやいてたからな。
塔矢アキラは帰国の日は一日ずっとそわそわと落ち着かない風で、成田に着いたら出迎えも全部
無視してあっという間に消えちまったって。一体誰に会いに行ってたんだろうなあ?」
「…ええ、お察しの通りですよ。」
「やっるなあ。成田から直行で会いに行ったのか?
そりゃあ、カノジョもほだされるよなあ。うっわ、情熱的。
それで?何て言ってヨリ戻したんだ?」
「ええ、そりゃあもう、土下座する勢いで謝って、何があってもそれでもキミが好きだからって、
縋りついて泣きついて、許してもらいましたよ。」
「おまえが…そんな事、するのか?」
「だってプライドなんてどうでもいい事でしょ。そんな事より、大事な人を取り戻す事の方が。」
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「…やってらんねぇ。」
ぼそっと芦原が呟くように言った。
アキラは済ました顔でグラスを口に運んだ。
「あーあー、ご馳走様、良かったね、全く。」
「どういたしまして。」
「畜生、この野郎…ふん、いいか、これに懲りたらもう彼女泣かすんじゃないぞ!大事にしろよ!」
「え、う、うん。勿論。」
「もう浮気なんかすんじゃねーぞ?」
「ええ、はい、そうですね。まあ、とりあえず当分、浮気は慎む事に…」
「って、違うだろ!とりあえず当分、ってなんだ、当分、ってのは。
金輪際しません、ぐらいの事、言え!まだ懲りてないのか、おまえは!!」
「あ、いや、今、当分って言ったのは言葉のアヤで…、それに、しようと思ってもできないよ。
そんな事させないようにずっと見張っててやるー、って進藤が言ってくれてるし、」
「だから、進藤って言うなって言ったろ!いい加減にしろよ!」
「だってホントのことだもん。信じないんですか?」
「信じるわけ無いだろうが!!」
「ほお、その割には今日は進藤はいないじゃないか?いいのか?オレと飲んだりして?え?」
そう言いながらまた、くいっと顎を持ち上げた緒方の手を、アキラは同じように軽く叩いた。
「あなたとの事はもう完全に終わったんだからいいんですよ。それに芦原さんもいるしね。」
手は厳しく払いのけながら、にっこりと笑ってアキラは言う。
その様子に、芦原がふくれっ面で文句を言って、突っ伏した。
「も〜お、いい加減にしてくれよ〜、アキラも緒方さんも〜
ズルイよぉ、オレばっかのけもんにしてさぁ〜」
「まあまあ、そう言わずに…ホラ、グラス空いてるじゃないですか、次、何にしますか?」
芦原の頭を撫でようとしたアキラの手を振り払い、芦原はぶん、と頭を振って、アキラの持っていた
メニューをひったくった。
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