平安幻想異聞録-異聞- 53 - 56
(53)
その粘液が触れた所から、じんわりと熱が広がり、あらゆる神経がマヒしていく。
冷たさも、熱さも、痛みも、何かに触れられているという感触でさえ、
その場所からは消えていく。その代わりに徐々に体を冒すものは、
身の毛もよだつような…。
「く……ぅん……」
ヒカルは、自分の神経を急激に侵食するその魅惑的な感覚に
抵抗しようともがく。
後ろの門の周りを、涎をたらして探るモノはそのままに、他の蔓が
夜着のすそから侵入し、胸を這い登り、その小さな乳首へとたどり着く。
「や、……ぁ……佐為っ」
「………ヒカル!」
ヒカルは必死に手を伸ばす。佐為も、せめてヒカルに触れたくて、
その妖しの肉の檻の中から救い出してやりたくて手をのばす。届くべくもなかったが。
そして、その佐為の手首にさえ、それは絡まり、まるで邪魔させぬと
いわんばかりに、佐為の細い手首を締め上げた。強烈な痛みに佐為が
苦悶の表情でうめき声をあげた。
「―っっ!佐為っ!」
その様子に、つかの間、ヒカルが自分の身も忘れて叫ぶ。
だが、すぐ同時に別の細い蔓が、ヒカルの幼い自身にからみつき、
しゃぶり上げるように吸い付いた。
「は……!ひっ……ん」
ヒカルは流されまいと、自分の体を開かせようとする蔦の力に、
渾身の力をこめて抵抗し、体を丸めようとする。
だが、その肉の蛇は、それ以上の力でヒカルの体を押し開き、その体を上向かせると、
その手をヒカルの頭上にまとめ上げるように拘束し、両の足首に絡みつき、
その足を、大きく左右に開かせた。
瞬間、ヒカルの体を大きな恐怖が走った。
頭の上で、両手を一緒に絡めとられ、頑健な力で、開いたまま両の足をきつく固定される。
――その時、ヒカルの目に映っていた下弦の月。
――秋の夜風に揺れる、黒々とした竹の葉。
「いやだーーーっっ!」
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ヒカルは、大きく身をよじった。
それを許すまいと蔦の形をしたものが、更にきつくヒカルの体を戒める。
――野犬の目をした男達。
自分の肌に吹きかけられた男達の息の熱ささえ、鮮明に思い出される。
「いやだっ!やだっっ!やっ……!!」
そのヒカルの口を、蔓の一本が、猿轡をするようにして塞いだ。
ヒカルはそれに思いきり噛みついたが、刀でも切断できないそれが、
人の歯で噛みきれるワケもなく。
それどころか、ヒカルが噛みついたところにわずかに傷がつき、
そこから青臭い淫液が滲みだして、ヒカルの口の中に落ちた。
「やっ…ぁぁ……ン」
口腔内に刺すような刺激が広がり、ヒカルは頭を強く振る。
頭の奥がじ…んとさせる、甘いしびれ。
蔦のうちひときわ太いものが2本、股の間を這い入ってヒカルの秘門の
周りをさぐり、白い粘液で汚し始める。
「あ……ぁ……」
思わず声が漏れた。その2本の蔦の嬲る動きに、まざまざと記憶に蘇るのは、
あの日、自分の体の上を這った、座間の、菅原の、男達の手の感触。
「やめ……やだ………」
ヒカルは太ももを閉じようとするが、より強い力で引きもどされる。
ヒカルを責め落とすことに夢中になった異形の、佐為を押さえる力がふと緩んだ。
「ヒカル!」
その期に佐為が、這うようにしてヒカルににじり寄り、手を差し伸べる。
ヒカルが手を伸ばせば、今度は届く距離だった。
「ヒカル、手を……!」
だが、当のヒカルに、佐為のその声は届かなかった。
今、ヒカルの耳に聞こえているのは、あの夜、自分を征服した男達の野卑な笑い声と、
荒げられた呼吸の音。男達の陽根が出し入れされる度に淫猥に耳をなぶった、精液の泡立つ音。
体を貫く、逃れようのない、熱と痛み。
「は……やだぁ……」
自分の中に掃き出された、気味の悪いものの感触を、頭より先に体が思い出し、
ヒカルのわき腹がひきつって震えた。
戒められたまま恐怖のために抗うことも忘れた手は、血の気がひいて白くなり、
吹き出た汗で、じっとりと濡れている。
白泥した淫液で穢され、慣らされてもいないその場所に、2本の蔦が絡み合って
その先端をねじ入れた。
「あ゛ーーーーーっっ!」
(55)
ヒカルの体がそりかえった。
中で、それはドクリドクリと脈打っていた。
「や…や………ぁん!」
暴れるその体を、数を増やした淫邪の蔓が、取り付き、動きを封じる。
おもいおもいの場所に、食らいつき、吸い上げる。
足に絡みつくそれは、より強い力で、さらに大きく足を開かせようとした。
「ひ…、あ…」
抵抗しようとした太ももは、複数の蔦に蛭の口で吸い付かれ、甘いしびれに
力を奪わた。
―(おまえさん、こいつも勢いあまって殺しちまうなよ)―
いつだったかの男の声が聞こえた気がした。
ヒカルの中に先を争うようにしてもぐり込んだ2匹の肉の感触が、
乱暴にヒカルの中の壁を圧し、抉る。
「あっ……やめっ……いやだーっ!」
その時だった。
数を増やし、取りつく場所をさがして、柱を這い登った肉の蔓の一本が、
そこに貼り付けられていた1枚の札に触れたのだ。
焦げ臭い匂いがすると同時に、青白い火がそこに灯る。その炎は瞬く間に
淫魔の体の上を走り、そこにつらなる蔦の数々を焼き尽くしていく。
ヒカルと佐為を戒めていた肉の蛇どもは、それに慌てたように、二人を解放し、
苦しみのたうち周りながら、床板の間の隙間にシュルシュルと吸い込まれていった。
後に残ったのは、カサカサと音を立てて転がる蛇の抜け殻のような、
燃え尽きた妖邪の残がい。
茫然と座り込んだ佐為は、すぐに気を取り戻し、ヒカルに駆け寄った。
ヒカルは、床の上、異形達の燃えかすにうずもれて、自分の肩を抱きしめるようにして、
うずくまっていた。
その背が上下に揺れている。呼吸をしている。生きている。よかった。
「ヒカル、無事でしたか――!」
佐為は、その背中に触れた。着物の上からでもわかるほど汗に濡れて、震えていた。
「ヒカル?」
小さな嗚咽の声が聞こえた。
「やだ……やめて………お願いだから…、もう、………許して………」
佐為は、そのヒカルの体を、そっと抱きしめてやることしか出来なかった。
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次の朝、部屋の惨状を見て、驚いたのはヒカルの家族だった。
どういうわけか、あれだけの騒ぎにも関わらず、音は外に漏れておらず、
ヒカルの母も祖父も夜半に何が起きたか気付いていなかったのだ。
いぶかしむ近衛家の人々を、「盗賊が入って、見事にヒカルが撃退したんですよ」
といってケムに巻きながら、佐為は、柱を見上げた。
そこにあったのは数日前、アキラが置いていき、自分がはりつけた、破邪の札。
術力を放出し、力を使い果たしたそれは、今は黒焦げた唯の紙になっていた。
(アキラ殿、助かりました)
佐為は心の中で礼を言う。
部屋の片づけをヒカルの母に任せて、佐為は、青い顔でうつむいたままの
ヒカルを支え、朝餉の席につく。
そのあと、ヒカルは、家族の目のないところで、食べたものを全部吐いて
戻してしまったが。
そのヒカルの背をさすりながら、佐為は切りだした。
「ヒカル、アキラ殿の所に行きましょう」
「賀茂の…?」
ヒカルが弱々しいしぐさで顔をあげた。
「えぇ、これは、どう考えても、誰かがヒカルに向けて仕掛けた呪としか
思えません。ならば、その方面にお詳しい賀茂アキラ殿に助けを求めるの
が道理でしょう」
「うん……そうだな……」
賀茂アキラの家に向かう途中、ヒカルは佐為の右手を見た。
昨晩、魔物に搦め捕られたその手首には、何かできつく縛られたかのような
赤い帯状のあざが出来ていた。
佐為の白い手首にその痣は浮き立つように目立った。
ヒカルは黙って、そこに手を伸ばし撫でていた。
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