誘惑 第三部 54


(54)
「…やってらんねぇ。」
ぼそっと芦原が呟くように言った。
アキラは済ました顔でグラスを口に運んだ。
「あーあー、ご馳走様、良かったね、全く。」
「どういたしまして。」
「畜生、この野郎…ふん、いいか、これに懲りたらもう彼女泣かすんじゃないぞ!大事にしろよ!」
「え、う、うん。勿論。」
「もう浮気なんかすんじゃねーぞ?」
「ええ、はい、そうですね。まあ、とりあえず当分、浮気は慎む事に…」
「って、違うだろ!とりあえず当分、ってなんだ、当分、ってのは。
金輪際しません、ぐらいの事、言え!まだ懲りてないのか、おまえは!!」
「あ、いや、今、当分って言ったのは言葉のアヤで…、それに、しようと思ってもできないよ。
そんな事させないようにずっと見張っててやるー、って進藤が言ってくれてるし、」
「だから、進藤って言うなって言ったろ!いい加減にしろよ!」
「だってホントのことだもん。信じないんですか?」
「信じるわけ無いだろうが!!」
「ほお、その割には今日は進藤はいないじゃないか?いいのか?オレと飲んだりして?え?」
そう言いながらまた、くいっと顎を持ち上げた緒方の手を、アキラは同じように軽く叩いた。
「あなたとの事はもう完全に終わったんだからいいんですよ。それに芦原さんもいるしね。」
手は厳しく払いのけながら、にっこりと笑ってアキラは言う。
その様子に、芦原がふくれっ面で文句を言って、突っ伏した。
「も〜お、いい加減にしてくれよ〜、アキラも緒方さんも〜
ズルイよぉ、オレばっかのけもんにしてさぁ〜」
「まあまあ、そう言わずに…ホラ、グラス空いてるじゃないですか、次、何にしますか?」
芦原の頭を撫でようとしたアキラの手を振り払い、芦原はぶん、と頭を振って、アキラの持っていた
メニューをひったくった。



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