日記 55 - 57


(55)
 「さあ…着替えて食事に出ようか。昼前だよ。」
アキラが服に袖を通した。ヒカルは裸のまま、窓辺へ寄って、カーテンを開けた。
「もう、こんなに陽が高いんだ…」
窓を開けると、気持ちのいい風が部屋の中を通り抜けた。どこか、遠くで風鈴の鳴る音が
聞こえた。
「あ…そうだ…!」
ヒカルは、鞄の底を浚った。アキラが、不思議そうにヒカルを見ている。
「進藤?」
「ああ…あった、あった。」
ヒカルはそう言って、アキラに鞄から取り出した箱を渡した。
「これは?」
「やるよ。塔矢に。」
アキラは、包みをほどいて、箱を開けた。陶器で作られた金魚。
「風鈴?」
ヒカルはにこにこと笑った。
「夏の風物その二。おマエん家、ちょっとものなさ過ぎ。」
アキラは、その可愛らしい風鈴を目の前にかざしている。時々、通り過ぎる風が、風鈴を
微かに揺らす度、涼しげな音が部屋を飾った。
「ありがとう…」
アキラに礼を言われて、ヒカルは照れてしまった。だって、アキラがあんなに嬉しそうな
顔をするなんて思っても見なかった。

 「ところで…早く服着てくれないかな…でないと…また、したくなる…」
アキラに、そう言われて、自分がまだ裸のままだったことを改めて思い出した。


(56)
 慌ててTシャツをかぶるヒカルを横目で見ながら、アキラは、風鈴をカーテンレールに
結びつけた。風にあわせて、硬質なそれでいて優しい音色が流れる。愛嬌のある金魚と、
その澄んだ音のアンバランスがおかしかった。でも、それを選んだのが、如何にもヒカルらしくて、
何だか微笑ましかった。
 アキラは、目を閉じて、音に聞き入っていた。そのアキラに、ヒカルが、後ろから声をかけた。
「なあ…そんなところにつるしたら、カーテン閉められないぜ?」
「いいんだ…ちょっとどんな感じか見たかったんだ…後で、フックか何か買ってくるよ… 」

 外に出ると、太陽の光が二人を容赦なく射した。五分も歩かないうちに、汗が全身に、吹き出した。
「あちぃ――――!」
「本当だね…」
眩しい日差しに、自然と顔が蹙め面になる。セミの鳴く声が、その暑さに拍車をかけている。
「なあ…何食べる?」
ヒカルがアキラに聞いてきた。アキラの目を覗き込むように、身体を屈めている。大きな
瞳に自分の顔が映っていた。
「キミは?夏の風物、かき氷でも食べる?」
アキラはからかい半分に、問い返した。
「えぇ…!?いくらオレでも、空きっ腹にかき氷はちょっと…」
真剣に答えるヒカルが可愛くて、往来なのに抱きしめたくなった。


(57)
 「ひゃー涼しい!」
聞き覚えのある声が、入り口の方から聞こえた。そちらの方へ目をやると、ヒカルと
アキラが並んで入ってくるところだった。ウェイトレスが、座席に二人を案内する。
 和谷は、見つからないように、身体を縮めた。メニューで顔を隠して、様子を窺う。
――――――どうして、いつもいつも自分はこんなところを見てしまうんだ!!
二人が気づかないように、身体を縮こまらせて、息を殺して、どうして……!?
どうして、自分が隠れなければいけないのだろう……!
 二人が自分に気づかず、座席に着いたのを見て、ホッとした。それなのに…。
「進藤?塔矢君も…」
手洗いに立っていた伊角が席に戻ってきたときに、二人を見つけてしまった。その声に、
ヒカルがこちらの方を見た。
「あっ!伊角さん…和谷も…」
ヒカルがいつもの人懐こい笑顔を浮かべて、自分たちの方へやってくる。アキラも後に
続いた。
 頭がくらくらした。どうして、そんな顔で笑うんだよ!顔が熱い。それを隠すために、
メニューを見る振りをして、顔を伏せた。そんな自分の首筋にちりちりと視線が突き刺さる。
アキラが見ているのだと、直感的に感じた。



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