初めての体験 55 - 62
(55)
「し…進藤…昨日は…」
「先生──昨日は大変だったよ。」
緒方の質問に、ヒカルの声がかぶさる。
「先生、酔っぱらっちゃってさぁ。オレに頭からビールかけたんだよ。
覚えてないの?」
ヒカルの話はこうだ。昨夜、ヒカルは緒方のマンションを訪ねた。特に目的が
あったわけではない。ただ、暇だった。それだけだ。一局ぐらいは打ってもらえるかも
と思った。ヒカルを玄関に招き入れた時、緒方はもうすでにしたたかに
酔っていた。その時点で引き返そうとしたヒカルを無理矢理、部屋へ
連れ込んだ。緒方は、酌を要求し、ヒカルが返杯を断ると、頭からビールを
振り掛けて、大笑いした。あげく、泣いて抗議するヒカルをほったらかしにして、
そのまま眠ったのだという。
「先生の服を脱がして、ベッドに入れるの大変だった。先生もビールでびしょ濡れ
だったしさ。オレも勝手にシャワー借りちゃったよ。」
ヒカルの言葉は緒方にとって信じられないことだった。確かに昨日は酔っていた。
ヒカルが来たことも朧気ながら覚えている。あくまでも朧気だが…。
しかし、いくら何でも…それは嘘だろう。自分は分別のある大人だ。子供に絡み酒など
するわけがない。…とはいうものの、自分には前科があった。『saiと打たせろ』と
酔って絡みまくったことが…。床も掃除した後があったし、洗濯機の中にも、ビールに
濡れた服が放りこまれている。顔から血の気が引いていく。
ヒカルの言うことは事実かもしれない…。落ち込みそうだった。
頭が痛いのは、二日酔いのせいだけではないだろう。
(56)
ガウンを羽織っただけの姿で、洗濯機を回していると、ヒカルが寝室から
声を掛けた。
「先生──。なんか服貸してよ──。」
緒方はクローゼットをかき回して、何とかヒカルが着られそうなシャツと
チノパンを出した。
標準より小さいヒカルには、緒方の服は大きすぎた。仕方がないので、袖も裾も何重にも折り曲げた。服を着ているというより、服に着られているといった状態だ。
緒方はヒカルの全身を上から下までまじまじと見つめてしまった。少女が男物の服を
着ているように見える。ヒカルが首を傾げて、不思議そうに緒方を見つめ返した。
その姿があまりにも可愛くて、緒方の中によからぬ感情が湧き起こってきた。そんな情動に
緒方は自分自身で戸惑った。ますます自己嫌悪に陥りそうだ。
緒方の複雑な心情に気づいていないのか、ヒカルが無邪気に言った。
「先生、酒臭いよ。風呂入った方がいいんじゃない?」
「あ──。そうだな…。」
緒方は、溜息混じりに返事をして、前髪を掻き上げた。
「先生。オレが背中流してやろうか?」
「!!ば…馬鹿!」
「何だよ。ぼーっとしてっから、手伝ってやろうと思ったのに…。」
「結構だ。一人で入れる。」
チェッとヒカルはふくれっ面を作った。その顔を横目で見やりながら、
『これ以上煽るような真似をされては堪らない。さっさと家に帰そう。』
と、緒方は思った。 洗濯物を乾燥機に放り込んで、そのまま浴室へ入った。
(57)
シャワーのコックを捻ると、熱い湯が全身に降り注ぐ。ようやく頭が働き始めた。
昨日の記憶を順番に辿る。塔矢門下の棋士達と外で飲んだ。三件ほど梯子をした後
家に帰り、一人でまた飲んだ。そして…ヒカルが訪ねてきた。
その後だ。その後がどうしても思い出せない。
ガチャ──その時、浴室のドアが開いた。
「先生──大丈夫?倒れてんじゃないの?」
緒方はびっくりして、振り向いた。まさか…!進藤の奴…!
ホッとした。『よかった…服を着ている』
「大丈夫だと言っただろうが!早くドアを閉めろ!」
自分の動揺を悟られないように、緒方は怒鳴った。
そんな緒方の言葉を聞いているのかいないのか、ヒカルは緒方の裸体をじっと見つめた。
「先生って、意外とがっちりしてるよな。オレも大人になったらそうなれるかな?」
感心するようにヒカルが言った。目はうっとりと緒方を見つめている。
『まずい…!』ヒカルの視線に、緒方の体が反応し始めた。
緒方が止める暇もなく、ヒカルは素早く浴室に入ってきた。しまった!シャワーを止めて、
そこから出ようとする緒方の手をとって、そのしなやかな指先を口に銜えた。
ヒカルが赤ん坊のように、緒方の指をしゃぶった。指についた水滴を懸命に
舐めとっている。その間も、頭上から湯が降り注いでいた。ヒカルは、子犬のように
ひたすら指を舐め続けた。緒方は動けずに、ただヒカルを見つめるだけだった。
髪から水を滴らせながら、ヒカルが緒方を見上げた。ヒカルの髪が額や首に張り付き、
シャツから肌が透けて見えた。頭がくらくらした。のぼせたのか…それとも…。
『なるようになれだ…!』
緒方はヒカルを抱き込むと、その愛らしい唇に激しくキスをした。ヒカルも緒方の首にしがみつき、
それに応えた。
(58)
緒方はヒカルがしたように、顔や首筋を伝っている水滴を舐めた。
「んん…くすぐったい…」
ヒカルが身を捩った。ヒカルの反応を楽しむように緒方の唇が、ヒカルの反らせた首筋を
何度も行き来する。
「ああん…やだ…先生…」
緒方は、ぎゅうっと強くしがみついてくるヒカルを、一旦、自分から剥がし壁に押しつけた。
改めて、ヒカルの全身を眺めた。全身ずぶぬれで、もう服を着ている意味はないだろう。
ヒカルのシャツのボタンに手を掛けようとして、やめた。
「先生…?」
「このままの方が…色っぽいかもな…」
緒方は濡れたシャツ越しに、ヒカルの体の線をなぞった。ヒカルの体がピクッとふるえた。
乳首に触れるか触れないか程度の所を何度も撫でた。その度にヒカルの体が反応する。
「あ…ふぅ…」
緒方が、シャツの上から突起を軽く噛んだ。
「あぁん…せんせぇ…」
甘い声が浴室に響いた。
ヒカルの体に手を這わせていた緒方の体が、徐々に下がっていき、ヒカルの前に跪いた形に
なった。そのままチノパンを脱がしにかかる。濡れた衣服は重く、まとわりついて、スムーズには
行かなかった。ヒカルは緒方が脱がせやすいように、少し体を捻ったり足を上げたりした。
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少し苦労をして、何とかヒカルの下半身を裸にした。緒方が露わになったヒカル自身に口を寄せた。
「ん…!」
ヒカルは瞼を閉じて、顔を仰け反らせた。ヒカルの腰を強く抱いている緒方の腕を掴んで、
体を支えた。緒方の動きにあわせて、ヒカルの声が上がる。
「あ…あん…ん…」
ヒカルの体から力が抜けていった。
「や…せんせい…」
緒方の手が、ヒカルの後ろ割れ目をなぞり始めた。ヒカルの体がビクビクと跳ねる。
そして、奥にある窪みを探り当てるとそのまま指を沈めた。
「あぁ…!」
ヒカルが小さく悲鳴を上げた。緒方は前を口でなぶりながら、後ろに刺激を与えた。
優しく舌と歯でヒカル自身を愛撫し、後ろは指の本数を増やし、捻ったり、さすったりした。
「あ…んん…せん…せ…」
ヒカルはもう自分で立っていられなかった。緒方が腰を支えていなければ、
倒れてしまいそうだった。そんなヒカルの様子を見て、緒方はヒカルのものを
口からだした。そして、ヒカルの片足を肩に乗せ、体を壁に押しつけると、
そのままずり上がった。
緒方は、ヒカルの中心に自分自身を押しつけた。ヒカルの体を支えるように
片手を壁につけ、もう片方の手でヒカルの腰を抱きよせた。
「──────────────!」
先ほどとは比べものにならない快感が、ヒカルの体の中を駆け抜けた。
(60)
緒方が、ゆっくりとヒカルを揺さぶった。ヒカルは片足を緒方の肩に乗せられ、
もう片方も床に届かず、ぶらぶらと揺れている。
「ひぁ……!あっ…あん…」
緒方が動く度、濡れた服が体にこすれた。それが敏感になった体に新たな快感を与えた。
「あ…ふぅ…」
緒方の動きが激しくなり、ヒカルは彼の首にしがみついた。
「あぁ…せん…せ…ん…あ…あん…いい…」
ヒカルの喘ぎ声に煽られて、緒方の動きも一層激しくなる。
「し…進藤…!」
「せん…せい…もっと…あぅん…」
「あぁ───────!」
「くっ!」
浴室にシャワーの流れる音だけが、響いた。
「先生、風呂上がりの一杯やらないの?」
ヒカルの頭をタオルでゴシゴシ拭いている緒方に、ヒカルは訊ねた。
「まだ…昼前だからな…それに…」
緒方は口ごもった。夕べのことが頭を過ぎった。ヒカルの言うことが本当だとしたら、
当分禁酒をするべきだろう。記憶がなくなるまで飲むなど初めてだった。
「嘘だよ。」
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「え…?」
緒方がよく聞こえなかったと言うように聞き返した。ヒカルは悪戯っぽく笑って
もう一度言った。
「嘘だよ。先生が酔って絡んだなんてさ。」
「な…っ。」
緒方が言い返そうとするのを遮って、ヒカルは続けた。
「だって、せっかく遊びに行ったのに、『勝手に一人で遊んでいろ』って
先生寝ちゃうんだもん。 腹立ち紛れにその辺のもんに八つ当たりしてたら、
缶ビールが転がっててさ。オレも飲んでやるって開けたら…。ビューって…。」
緒方は絶句した。とんでもない奴だ。だが、そいつを招き入れたのは酔っぱらった自分だ。
しかも…こんな関係になってしまった…。
「悪いと思ったからちゃんと掃除したんだよ。ちょっと悪戯しただけだよ。」
ヒカルは懸命にいいわけをする。
『やっぱり…禁酒した方がいいかもしれない…』と緒方は頭を抱えた。
「…怒ってる?」
ヒカルが、恐る恐る緒方の顔を覗き込んだ。黒い大きな瞳が小動物をイメージさせる。
「いや…」
緒方はそれだけしか言えなかった。無意識にヒカルから視線をそらしてしまった。
「良かったぁ。」
無邪気に喜ぶヒカルを前に、奇妙な感情が湧いてくるのを緒方は感じた。
『もしかして…オレはこいつに填められたのか…?』
「だってオレ、どーしても先生と、してみたかったんだもん。」
ヒカルが、いつも肌身離さず持っている手帳を抱きしめながら言った。
緒方精次……十段・碁聖二冠ホルダー……
――――初段の進藤ヒカルに敗北した瞬間だった。
<終>
(62)
「ん〜〜〜〜〜!」
ヒカルは、呻いた。身に付けているものは、靴下のみ。その上、両手を前でガムテープで
ぐるぐるに縛られている。足は縛られてはいないが、この姿では逃げるに逃げられない。
―――――――チクショウ!!こんなことなら声なんか掛けなきゃ良かった!!
ヒカルの頬を大粒の涙が流れ落ちた。
男の舌が、ヒカルの涙を舐めあげた。ざらざらとしたその感触と、これから起こることへの
恐怖からヒカルは身震いした。
「ひ…卑怯だぞ…!騙すなんて…!」
ヒカルは、男を睨み付けながら、叫んだ。だが、声を震わせての精一杯の強がりは、
可愛らしく、却って、男の加虐心を煽った。
「騙してなんかいないよ。本当に気分が悪かったんだよ。」
男がニヤニヤと笑いながら、ヒカルに言った。
ヒカルが対局を終え、棋院から出てきたとき、道の端に蹲っている人影を見た。電柱に
寄りかかるようにして、呻いていた。あまりに苦しそうなその姿に、ヒカルはつい声を
かけてしまった。
「あの…大丈夫ですか?」
そう言いながら、肩に手を掛けた。
突然、強く腕を掴まれた。ヒカルは驚いて、手を引こうとしたが、あまりの力にヒカルは
男の前によろめいた。
文句を言おうと顔を上げた。男の顔が目にはいる。「あっ」と、開いた口から、悲鳴が漏れた。
いや、実際には声を出すことは出来なかった。男の大きな手がヒカルの口を塞いだからだ。
そのまま、路肩に止めてあった車に引きずり込まれた。
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