クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 56


(56)
「川に沿って行けば分かるって、云ってたな・・・」
童に云われたとおり夕暮れの山中を馬で分け入り、もうすっかり暗くなった頃――
前方に朧気な灯りが見えた。
いや、灯りではない。
近づいてみると、それは火のように赤く美しい、夢のような紅葉の群れだった。
光が馬から下りるとサラサラと清流の音がかそけく響く中、
赤い紅葉がひらりと一枚、遠い都からなずみ来た光を労うように舞い降りる。
それを手に取り、一瞬ここに来た目的も忘れて清らかな光景に見入った。
「・・・すげ・・・賀茂みてェに綺麗だ・・・」
水のように炎のように美しい想い人の幻が、夜の中に浮かんで光の胸を熱くした。
その時、
不意にガサッと枯葉を踏み分ける音がした。
「そこに居るのは誰や!」
びくりとして振り向くと、
そこには背の高い、白銀色の髪をした、水干姿の若い男が立っていた。

「あ・・・っオレ、オレは――」
美しい光景に見惚れて気が緩んでいた所を不意に見咎められて、光は焦った。
随分若いし、聖と云うより何だか普通の町人のような格好だが、
もしやこの男が件の聖なのだろうか?
白銀の髪の男は、切れ長の目で光を睨み据えながら厳しく続けた。
「この辺りは立ち入り禁止ゆうことになっとるんや!
この山を越えるより迂回したほうが次の国へ行くには早いから、
商人も官馬もここまでは登って来ォへん。アンタ、見たとこ都人みたいやけど
どないな目的でこんな山の中まで来てん。返答次第では、この場で――」
云いながら男の目に、ぎらぎらと人のものでないような光が宿り始めた。
 
 



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