とびら 第五章 56 - 60


(56)
ガラガラという大きな音と、その直後に入ってきた鋭い光から逃れようと、ヒカルは布団
のなかにもぐりこんだ。だがすぐにそれは引っぺがされた。
寒さを感じ、ヒカルは身体を小さく丸めた。まだ寝ていたかった。
だが容赦のない声が降ってくる。
「進藤、起きろ。もう朝だ。アキラくんも」
アキラがもそもそと起き上がる気配を感じた。
「……緒方さん、早起きですね。年のせいですか?」
「寝起きでもあいかわらずその口は達者だな。さっさと服を着て、顔と歯を洗ってこい。
ほら、進藤もだ。いつまでも寝ているな」
尻を軽く蹴飛ばされ、ヒカルは悲鳴をあげそうになった。
「緒方さん! 大丈夫か、進藤」
アキラが自分の腰に触れてきた。
今にもさすりだしそうな様子に、ヒカルは慌ててアキラの手をつかんで離した。
緒方の前でそんなことをされては怪しまれてしまう。
「アキラくんは大げさだな。ところで二人の寝ている場所が変わっていないか? たしか
進藤が真ん中だったと思うんだが……」
ヒカルはぎくりとしたが、アキラはなにくわぬ顔で言った。
「いいえ、この位置でしたよ。夕べは緒方さん、だいぶ酔っていましたから、記憶が多少
混乱しているのでしょうね」
もちろん緒方の言っていることが正しい。
みさかいのない情交によって、布団は体液まみれとなり、とても使えたものではなかった。
ヒカルが風呂に入って、身体のなかに残ったものを自分で必死に掻き出しているあいだ、
アキラはせっせと汚れた布団を片付けた。
しかし戻ってきたときにはまだ新しいのは敷き終わっていなく、ヒカルはアキラの布団に
倒れこんだのだ。もう疲労困憊で、すぐに眠りについた。
「俺は朝飯の用意をするから、すぐに来るんだぞ」
足音を響かせながら、緒方は出て行った。ヒカルはその様子に少し安心した。
(塔矢とのこと、気付かれてないみたいだ)
枕元に置いてあったリュックを引き寄せ、中から服を取り出した。
ふとアキラの視線を感じて、ヒカルは振り返った。


(57)
アキラの目にはどこか不満そうな色があった。
「……なに見てんだよ」
「緒方さんがいなかったら、朝からキミを抱けるのにと思って」
その言葉にヒカルは耳まで赤くなった。それは恥ずかしさよりも怒りのためだった。
(冗談じゃない。オレはそんな元気ねえよ。まったく、緒方先生がいてくれて助かったぜ)
内心アキラに文句を言ったが、口に出すのは億劫だった。
身体がとても重く感じられた。それは睡眠不足のせいだけではない。
アキラも枕元にきちんとたたまれた服に手をのばし、着替えをすませた。
洗面所に連れ立って行く。顔を洗い終わったヒカルの耳に、アキラが唇を寄せた。
「おはよう、進藤」
甘くささやくような声音。吐息を感じてヒカルの心拍数があがった。
「あ、えと……おはよう」
今さらながらの朝の挨拶を、ヒカルはへどもどしながら言う。
そんなヒカルをアキラは笑顔で見てくる。
「緒方さんのせいで、ボクの予定は大幅に狂ったけど、一応キミを抱けたし、こうして
一緒に朝も迎えることができて、とてもうれしい。好きだよ、進藤」
ヒカルは砂が口からこぼれるような気がした。
まるで恋人に言うような言葉ではないか。
極めつけとばかりに、アキラが唇をふさいできた。
ヒカルは躊躇したが、嫌ではなかったのでそのまま受け入れた。
自分のとは別の歯磨き粉の味がした。
アキラのキスは初めのころとは比べものにならないほど、官能的だった。
どうするとヒカルが気持ち良いと思うかをちゃんと心得ている。
それが小憎らしくもあり、いじらしくもある。
キス一つで、アキラは自分を煽ることができるようになったのだ。
「……オレ、したい……」
唇が離れるのと同時に、ヒカルはそう言っていた。
言ってからヒカルは自分が信じられなくて口を両手でおおった。
しかしそんなことをしても、もう飛び出た言葉は返ってこない。
アキラが驚いたように自分を見てくる。節操なしだと思われただろうか。
だがアキラは極上の笑みを浮かべた。
「ボクもしたいな」


(58)
冗談だろ、という台詞は言わなかった。
たいてい冗談ではない、と返ってくるからだ。
ヒカルは後ずさりした。後ろ手でドアノブをしっかりとつかむ。
この場から逃げることしか頭になかった。手の中のそれをまわす。
だがアキラがドアを強く押さえたために、開くことができなかった。
アキラはもう一方の手で、ジーンズのファスナーを引き下ろしてくる。
「あのさ、塔矢。緒方さんが待っているんだぜ?」
「待たせればいい」
「オレの身体が持たないんだよ。なあ、オレのこと好きなら、もっといたわってくれよ」
わかった、とアキラはあっさりうなずいた。ものわかりが良いのがかえって不気味だ。
そして嫌な予感というのは当たるものなのだと、ヒカルは思い知った。
「なっ! やめろっ」
アキラの手がヒカル自身をじかに捕らえようと動き出したのだ。
「いい加減に……っ! んんっ」
とっさにヒカルは口を引き結んだ。そうでないと嬌声が漏れてしまいそうだった。
指がべつの生き物のようにヒカルをなぶる。
アキラはうなじに何度もキスをし、時には噛みついてくる。
ヒカルは高まっていく自身が恨めしかった。そしてアキラに腹が立った。
朝からサカルなと、悪態をつく。そうしながらヒカルは何とか自分を保とうとした。
だが下半身にどんどん熱が集中してくるのは止められなかった。
アキラの指の動き一つ一つにヒカルは否応なく反応した。
限界が近いのを見計らったように、アキラが聞いてきた。
「ボクの手のなかと、口のなかと、どっちがいい?」
「く、っだらねえこと聞くなよ……!」
「ボクはきみのを飲みたい」
しゃがみこもうとするアキラの肩をヒカルは力いっぱいつかんだ。
「や、手が、手がいいっ」
本当は口でされたかったが、かろうじて残る理性がそれをおしとどめた。
「……まあ、いつでも飲めるしね」
奥で揺れている袋と一緒に自身を握りこまれた。
「――――ぁはぁっ……んっやぁ……っ」
ヒカルは背をのけぞらせ、涙をひとしずく頬に流して、達した。


(59)
ようやく荒い息がおさまってくると、ヒカルは次に起こることを考えてげんなりした。
(オレもしなくちゃいけないのかな、やっぱ……)
おとなしくなった自分のものをしまいこみながら、アキラの様子をうかがう。
目線を下へとずらす。案の定、アキラの股間ははた目にもわかるほど膨らんでいた。
ヒカルの怯えたような目に気付いたのか、アキラは仕方なさそうに笑った。
「ボクはしたいけど、自分の欲望よりきみの身体のほうが大事だからがまんするよ。でも」
「わっ」
アキラは足に自分の足をかけ、ヒカルの体勢を崩させた。
そのまま転んでしまうかと思ったが、身体を支えられ、床に横たわらせられた。
「何だよ! やっぱりする気なんじゃねえか!」
「最後まで話を聞きなよ。入れるのはがまんする」
あざやかな手つきでヒカルのジーンズをおろし、シャツのぼたんを外していく。
「でも少しくらい、ボクにもいい思いをさせてくれてもいいじゃないか」
「っは……」
あらわになった胸の上でささやかれ、ヒカルは思わず声をあげてしまった。
こんなささいなことで感じてしまって、死ぬほど恥ずかしい。
「イッた後の進藤って色っぽいね。でも感じやすいと、かえってつらいかな」
その通りだ。ちょっと触られただけでも、身体にあっさり火がついてしまう。
いつのまにかアキラも下半身を剥き出しにしていた。
ヒカルの両膝をつかみ、胸につくくらい折り曲げてくる。
やっぱりそのつもりなのではないか、と言おうとしたが、アキラはヒカルのふとももで
自らのモノをはさむと、そのままふとももを閉じさせ、体重をかけてきた。
ヒカルが不可思議に思ったのも束の間、アキラはお互いの身体をすりあわせるようにして
激しく動きはじめた。
まるで挿入しているときと同じように、下から上へと何度も突き上げてくる。
「あっ、あっ、ひぁ……っ」
自分のペニスが身体のあいだで締め付けられ、あられもなく喘いでしまう。
「いいっ、すごく……しんどっ、いっ……」
アキラの濡れた声が、自分の声と重なる。
ヒカルはふとももに力を入れて、さらにアキラのモノを強くはさみこんだ。
夢中で快感を追う。二人はほとんど同時に絶頂を迎えた。


(60)
本当に朝からこんなことをして、自分は何なのだとヒカルは肩を落とした。
だが隣に座るアキラはすこぶる機嫌が良かった。
「ずいぶん遅かったな、二人とも」
緒方がお盆を運んできた。
「トイレの順番待ちをしていたんです。それよりも朝ごはんは何ですか?」
目の前に置かれたのは茶碗に盛られたごはんだった。その上に白身魚がのっている。
大きめの器と、湯気の出ている急須も置かれた。
「あっさりしたものがいいと思ってな。これは胡麻をペーストしたものだ。魚にたっぷり
かけろ。そしてお茶をそそぐんだ」
ヒカルは言われたとおりにした。ようはお茶漬けなのだろう。
だがこんな食べ方は初めてだった。おそるおそるすすってみる。
意外な組み合わせな気がしたが、とても美味かった。
「なんか、まったりしてる。ゴマの風味が、お茶に合ってる」
魚もあっさりとしていて、本当に胃に優しい。ヒカルはおかわりをした。
「うまいだろう?」
緒方が得意げに言う。ヒカルがうなずくと、一瞬アキラが険のある目で見てきた。
これくらいのことでいちいち目くじらをたてるな言いたい。
「ボクだってこれくらい作れますよ」
茶碗を静かに置き、アキラは緒方を見据えた。緒方は笑っている。
「むしろ作れないと困るだろう。先生や夫人が家を空けることが多くなってきたんからな」
「塔矢先生、そんなにしょちゅう中国に行くんだ? 塔矢も大変だな、一人で。でもさ、
かっこいいよなあ、塔矢先生。世界をまたにかけて碁を打つなんて」
死ぬその瞬間まで碁打ちでありつづけるのだろう、とヒカルは思った。
自分もそうありたい。ヒカルは我知らずこぶしを握っていた。
そんな自分を、アキラが何か言いたげに見つめていたことにヒカルは気付かなかった。
「ところで、進藤。今日はいつぐらいに帰る気だ?」
「え? 決めてないけど……」
緒方がポケットから鍵を取り出した。手のなかでそれをちゃりちゃりと鳴らす。
「駅まで送ってってやろう」
親切心から言っているのだろうとヒカルは思ったが、横にいるアキラが殺気をみなぎらせ
ているのがわかり、生唾を飲み込んだ。



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