裏階段 アキラ編 57 - 58


(57)
パソコンに向かえば椅子を近付けて寄り添い、食事をすればただ黙って見つめて来る。
そして目が合ってしばらくが互いに押し黙ると、それが合図のように
唇を重ねて来た。
次第に触れあわせている時間は長くなり、離しても何度でもまた求めて来るようになった。
彼が自分の中に持て余しているものの行方を欲しがっている事は理解できた。
それらが発達しかけた性的な衝動と混在しているのだろう。
彼にとっての一種のマスターベーションであるその行為を禁じるのではなく、
好奇心を満たせてやる程度に与えてやった。
唇を触れあわせるキス以上の行為には進むつもりはなかった。
アキラが望んだとしても。
こちらが強く線を引いている事をアキラが気が付かないはずはなかった。
彼の中でオレとの事はささやかな冒険であり、非日常だった。
先生が望んだ通り、少しずつ彼は自らプロ試験を受ける決意を固めて言ったようだった。
一時期停滞した棋力も、彼の精神の安定を示すように上昇の気配を見せた。

そんなある日だった。
激しい雷雨のあったその日、彼は雨にずぶ濡れになった学校の制服のままで
オレの部屋にやって来た。


(58)
ここ数日、自分は碁会所に出向いていなかった。
その間にそこで起こった事を、まだオレも先生も知らなかった。

その日は棋院会館で全国子供囲碁大会があり、そちらに顔を出した後
マンションに戻っていた。
囲碁大会の会場で不思議な少年と出会った。
アキラと同年代で、囲碁大会に出る訳でもなく、出場者の対戦を見て石の生き死にを
適格に言い当てたと言う。
子供の才能は量り知れないものがある。突如鋭い勘やひらめきを伴うこともある。
ただ安易にそれを天賦のものだとか、天才だと直ちに評価できるものではない。
そのひらめきを確実に必要な場面で毎回発揮できるようにコントロールできて
初めて才能と言うべきだろう。
ただ、予感はあった。今まではその予感すら抱かせてはくれない相手が殆どだった。
数多くのイベントや、指導碁に参加しながら無意識のうちにそんな予感を抱かせてくれる
子供を探していた。探し出してアキラと引き合わせたかった。
だが中々そううまく見つかるものではない。
直接その場を見た訳ではないので、その少年が本当に一瞬で石の活路を見切ったのかは
確証は持てなかった。事実ならばアキラに並ぶ実力のある可能性があったが、
それだけの力を持った子供がそれまで一切の大会に出て来ていなかった事が
信じられなかった。



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