誘惑 第三部 57 - 58


(57)
アキラの持ってきたケーキの箱を受け取って、ヒカルは、ホント、おまえって律儀だよな、とヒカルは
からかうように言った。
「お母さん、今、買い物出てるんだ。じき帰ってくると思うけど。
飲むもん持ってくから、オレの部屋に上がってて。」
「うん、それじゃ。」
促されて、アキラは一人、2階のヒカルの部屋へ向かった。
以前にはよく訪れていたこの部屋に来るのは久しぶりかもしれない。そう思って部屋を見回していた
アキラの目が、部屋の隅に置かれた碁盤の上で止まった。
そしてちらっと後ろを振り返ってからゆっくり近づいて屈みこみ、碁盤にそっと触れた。
いつだったか、「この碁盤は特別なんだ」と、そう言っていた。「だから今は打てない」と。
多分それは「いつか話すかもしれない」事と繋がっているのだろうと思う。
その事については自分からは聞かない事に決めた。だからこの碁盤の事についても何も聞かない。

アキラは、この碁盤の前に座るヒカルを思い浮かべながら、表面をそうっと撫でた。
大切なものを慈しむように。
ヒカルはいつからこの碁盤で打ち始めて、これにはどんな思い出があるのだろう。きっと自分が
ヒカルといるよりもずっと長く、この碁盤はヒカルと共にあったのだ。そう思うと、とても大切に扱わ
れている事がわかるこの碁盤が、羨ましいような気がした。
そう言えば、もう随分、進藤とは対局していないな、とアキラは突然気付いた。


(58)
打ちたい。
突然湧いてきたその気持ちは、気付いてしまったら抑えがたかった。
進藤と打ちたい。
どうして今まで打たないでいられたんだろう。
離れていた時を補うように抱き合う事に夢中で、碁は放っておかれたままだった。
でも、思い出してしまった。打ちたい。いっときだって我慢できない。いますぐに、ここで。
でも、この碁盤は。

突然、背後で物音がして、アキラは驚いて中腰で振り返った。
「わわっ!」
ペットボトルとコップを持ったヒカルが慌てて仰け反った。
「何だよ!いきなり!」
「…ごめん。急に後ろにいたから…」
「声、かけたぜ?」
「え、そ、そう?」
なぜだかしどろもどろになってるアキラに向かって、ヒカルはにこっと笑った。
「ウーロン茶でイイ?」
「う、うん。」



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