落日 57 - 58
(57)
この都において、自分こそが中心たる太陽であることを知っている。
己の望みとは何の関わりもなく、内裏において、都において、この国において、自分こそが天を統
べる日で在った。望む前に全てを与えられ、この世にあるもの全ては己のために在った。それが
天子であり帝たる自分のさだめであり、またつとめでもあった。
何かを望むまでもなく全てを手中にしていた己が初めて望んだ人はけれど己を拒み、それ故に
ここから消えていった。ここに在るものは全て帝たる自分のためのものだから、その自分を拒む
ものはここに在る事はできない。彼はそれを知っていたから、自らここから消えていった。
全てを与えられると言う事はけれど全てを担うと言う事でもあり、だがそれを嘆いてもどうにもな
るまい。自分はそう生まれついてしまったのだから。
帝の子として生れつき、全ての中心たる日輪たることを約束され、また要求され、そして今、その
ようにしてここに在る。それ以外の在りようを自分は知らない。
けれど、日はまた没するものだ。
「何を笑っておられますの?」
女の声で、現世に引き戻される。
笑っていたのか?自分は。いつか己が没する時の事を思って?
それもよい。
己が没してもまた次の陽が昇り、都は変わらずに日々の営みを続けるのだろう。
ひとも、ときも、皆、儚い。
今日の日も、また、沈み行く前に最期の力を振り絞って鮮やかな夕映えを見せている。あれは
己が没する前の最期の輝きだ。
沈みきっても尚、己を忘れてくれるなと言いたげに残照は薄紅く都を染め上げている。けれど
それもやがては力尽き、都は黄昏の中に沈んでいき、そして日の力が完全に没した時、都は
闇に包まれる。
月のないこの夜、ただ星だけがほんの小さな煌きをもって闇を恐れる者どもを救うのだろう。
(58)
残照は既に力なく、辺りは夕闇に包まれようとしていた。
今日の日の、夕映えの不吉なまでの赤さに人々は眉をひそめ、暗く赤く残る最後の光がその力
を失い、常なれば厭うはずの夜闇が訪れてやっと彼らは息をついた。
それでも月のない夜は人々を不安にさせる。
その為に、今夜にでもここを発とうとしていた彼は強引に引き止められた。
更に、湿り気を帯びた風が野分きの訪れを予感させ、今日こそは何があろうと旅立とうと思って
いたはずの彼を、この地へ引きとどめた。月の無い嵐の晩は旅立ちには危険すぎる。捨て切る
ことのできない理性が、それでも早く出立したいと叫ぶ感情を抑え、彼は不安な面持ちで空を見
上げながら、後ろ髪を引かれる思いで屋内へと戻った。
都から遠く離れた東国で、既に儚くなってしまったであろう人を思う。そして残された少年を思う。
彼を思うとざわりと胸が波立つ。そうしてあの日からずっと己を捕らえている焦燥感にまたもや、
身が焼け焦げるような苛立ちを感じる。
あの日、あの人とすれ違ったすぐ後にこちらへ下るようにと命ぜられた。
東国に人を喰らう鬼が出る。先に遣わした陰陽師はけれど逆に鬼に魅入られ、自らの身を鬼に
捧げ、彼の身を喰ってその鬼の力は益々強大になり、土地の者どもは夜ともなればただひたすら
怯えて家に閉じこもるしかなく、そして夜も更ければ、鬼は野を、里を流離い、恐ろしい、哀しい声
が、哀切な唄を吟じるのだという。
それを鎮められるのは、例え年は若くとも、今、都で最も力があると言われる賀茂明その人しかい
ない、と、言われて断ることなどできなかった。
唐突なその命に、「彼」と交友の深かった自分が、図って都から遠ざけらようとするのだろうかとも
疑った。だが勅命とあれば致し方ない。
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