失着点・展界編 58
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ヒカルはその夜は緒方の部屋に泊まった。
「えー、ベッド広いんだからいいじゃん。一緒に寝ようよ。」
長椅子で寝ようとする緒方にヒカルは唇を尖らす。
「…オレを過大評価するな。」
「?、カダイヒョウカってなに?」
「…もういい。寝ろ。」
次の日の午前中、緒方が寝過ごし、二人で少し遅い朝食を近くのコーヒー
ショップで取り、車で自宅近くの通りまで送ってもらった。
車を降りてしまう事が、ヒカルは名残惜しかった。
「…進藤、」
シートベルトを外してもなかなか動こうとしないヒカルに緒方は声を掛ける。
「強くなれよ。」
それが囲碁の事なのか、精神的な事なのかはよく分からなかった。
「おまえの相手は、相当手強いぞ。…負けるなよ。」
「…うん。」
ヒカルは頷くと周囲に人通りがないのを見て素早く緒方の唇を軽く吸い、
車を降りた。閑静な住宅街に不釣り合いなエンジン音を遠慮がちに立てて、
緒方の車は消えて行った。
「…さてと、母さんにはなんて言い訳しようかな…。」
そう独り言を言いながらも、ヒカルは気持ちが浮き立っていた。
アキラは今日の夕方帰って来る。空港に行こうか、どうしようか。
「…進藤!」
ふいに声を掛けられ、ヒカルがびっくりして振り返ると伊角が立っていた。
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