日記 58 - 60


(58)
 「なあ、一緒してもいい?」
ヒカルはそう言うと、返事を聞く前に、ちゃっかり和谷の隣に陣取った。アキラは、
お辞儀をして、それから、伊角の隣に座った。
 向かいに同士に座った二人が、額を押しつけあうようにして、メニューを覗き込む。
「な、塔矢。何食べる?」
「ボクは野菜サンドにしておくよ。」
「えー!少ねえよ!朝、食ってねえんだぞ。食わなきゃ倒れるぞ!」
二人の会話に伊角が口を挟んだ。
「何だ、二人とも朝飯食ってないのか?」
 その言葉に、ヒカルは赤くなって、口をもごもごさせた。代わりにアキラが笑って答えた。
「ええ…昨日、進藤が家に泊まったんですけど…朝なかなか起きなくて…」
「へえ…でも、この前はえらく早起きだったぜ。朝、起きたら進藤がいなくて、
 みんなびっくりしたもんな。」
伊角とアキラがヒカルをダシにして、和やかに会話を続けた。和谷は、その会話に加わることが
出来なかった。アキラがさっき言った言葉が、頭の中でぐるぐる回っていた。
―――――進藤が、塔矢のところに泊まった……?
二人がただの友人でないことを、和谷は知っている。もしかして……。
 和谷は、二人にからかわれて、むくれているヒカルをまじまじと見てしまった。
「もう!二人とも、うるせえよ!」
ヒカルが伊角達に拳を上げた時、Tシャツの襟刳りから、チラリと赤いものが見えた。
すぐに隠れてしまったが、和谷の目の奥に、その赤い印が焼き付いた。
 また、視線を感じる。前を向くと、やはり、アキラが自分を見ていた。冷たい目だと
思った。自分が、石ころの様に思えてくる。表面上は、伊角と当たり障りのない会話を
続けながら、目では和谷を牽制していた。
 カッと頭に血が上った。
こいつは、進藤は自分のものだと言っている。進藤に近づくなと言っているんだ!


(59)
 先に注文を済ませていた伊角と和谷の前に置かれた皿を、ヒカルが羨ましそうに見た。
「いいなーオレ、腹へって死にそう…」
「キミが早く起きないからだよ。」
「起こしてくれればいいじゃん!」
二人が言い合いを始めた。こんなアキラを、伊角も和谷も見たことがない。いつも、棋院で
見るアキラは、毅然としていて簡単に人を寄せ付けない雰囲気が漂っている。
 だが、今ここにいるアキラは、どこにでもいる普通の少年の様に見えた。それだけに、
如何にアキラがヒカルに気を許しているのかが、和谷にもわかった。痴話喧嘩ともとれる
二人の言い争いを、和谷はもう見ていたくなかった。
「ほら、進藤。これつまんでもいいぞ。」
皿に盛られたフライドポテトを差し出す。ヒカルの顔がパッと明るくなった。
「いいの?和谷、さんきゅ!」
アキラの機嫌を損ねることがわかっていて、敢えてやった。
――――ざまあみろ!
そう思ってアキラを見た。
 しかし、アキラは、嬉しそうにポテトを頬張るヒカルを、幸せそうに見つめていた。
これ以上ないくらい優しい目で、愛おしいものを……


(60)
ファミレスを出て、和谷達と別れた後、また、二人きりになった。
「なあ…今日も泊まっていい?」
ヒカルがアキラに言った。
「ボクは大歓迎だけど…家の人に怒られないかな?」
「う…ん…でも、一緒にいたい…お母さんには後で電話しとくから…」
ヒカルに甘えるようにねだられては、それに対抗する手段はアキラにはない。自分だって、
一秒でも長くヒカルといたいのだ。
「わかった…いいよ…ボクも一緒にいたい…」
ヒカルは、辺りをきょろきょろと見ると、アキラの手にそっと触れた。

 「あ…これ、おもしれえ。これ…何だ?」
アキラとヒカルは、風鈴を吊すためのフックを買うために、雑貨店に入った。アキラが、
目的のものを買っている間に、ヒカルは他のフロアを珍しそうに見て回っていた。
 奇麗に飾られたディスプレイをあの大きな目で覗き込んだり、見慣れないものを不思議
そうに手に取ったりしていた。
 夏ということもあって、店の中は涼しげな装飾がされている。そこにある商品も、
夏そのものと言ったものばかりだ。それが、広いフロアに所狭しと並べられている。
 うちわ、浴衣、花火、金魚鉢……大きな水槽に熱帯魚が泳いでいるものもある。
もっともそれは売り物ではなく、ディスプレイの一つだった。
「ごめん。待たせて…」
アキラがヒカルのもとに駆け寄った時、唐突にヒカルが言った。
「なあ…緒方先生のとこに行かねえ?」
本当に、ヒカルはいつだって、突然こんなことを言い出すのだから…アキラは溜息を
ついた。おそらく、この水槽を見ていて、急に思いついたのだろう。あそこには、大きな
水槽があるから…。
「だって、おマエ、先生ときちんと仲直りできてねえだろ?」
「ちゃんと謝ったよ。」
まだ…ぎこちないけど…。少しずつ、以前のようになっているのだから…。
「それに、行くなら、電話で都合を伺ってからでないと…」
アキラの言葉を皆まで言わせず、ヒカルはもうアキラの腕を引いて歩き出していた。
「いいよ。そんなの…居なかったら帰ればいいんだから。」



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