裏階段 アキラ編 59 - 60


(59)
あまりにも大きな期待を持ち、それが現実のものとなりかかると、
人は喜びより先に不安や恐れを抱くものかもしれない。

ドアを開け、そこに立っていたアキラを見た時、
今まで見たことのないアキラの表情に言葉がつけなかった。
「どうした?」
そう問いかけてもただアキラは黙って俯くだけだった。
とりあえず濡れた制服を脱がせてタオルで頭を拭いてやった。
「…自分で出来ます。」
ようやくそれだけ答えるとアキラはタオルを手で持ち、ソファーに腰掛けてごそごそと
髪を拭っていた。
風邪をひかせないようにバスローブを肩にかけてやり、ミルクを温めて出してやった。
「ありがとうございます。」
彼の表情も声も硬いままだった。ミルクのカップを持つ指が白く震えていた。
かろうじて半分は意識がここにあるが、あとの半分は何処かに彷徨っているようだった。

しばらくはそんな彼の隣に腰掛け、彼が何か言葉を発するのを待った。
だが結局彼は何も説明せず、ただ深呼吸をするように息をついた。
そうして目を閉じ、開いた時は少し目にいつもの力強さを取り戻していた。
微かに、口元に笑みを浮かべてさえいた気がする。
後に彼にその事を指摘すると「覚えていない」と笑って答えていたのだが。

「…すみません。もう落ち着きました。…帰ります。」
制服はビニール袋に入れさせて置いてあった彼の服に着替えさせ、車で送ってやった。


(60)
後に子供囲碁大会で出会ったその少年が碁会所でアキラと対局し、アキラを
負かしたという話を聞いた。しかも一度ならず二度までもだという。
碁会所の常連客からその両日の様子の話を聞いた時、オレも先生も
にわかには信じる事が出来なかった。
だがそれが棋院での子供囲碁大会に現れたあの少年が相手となると、信ぴょう性を
帯びて来る。
「…ぜひ、会ってみたいものだ。もう一度その少年に…。」
言葉は静かだったが、「たかが子供」と思わず、実力があるなら全て一人の
ライバルとして捉えようとする先生の気構えであり気質だった。
決して侮らず、その本質や正体を見極めるまで、結論を急がない。
そして先生が興味を持った事に、オレは関心を持った。
アキラのライバルを探しながら、もしかしたら先生は自分のライバルを探して
いたのかもしれないと思った。

街中の碁会所の近くでオレがその少年を見かけた事は、何かしらの運命的なものが
やはり働いたのだろう。
気がついたら思わず少年を追い掛け、捕らえた。
突然の事に当然ながら相手の少年は腕を掴まれた事に驚き、振払おうともがいた。
こちらも夢中だった。今思えば、多少のアザを彼の腕に残してしまったかもしれない。



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