平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 59 - 62
(59)
と、その時、はるか闇の向こうから、何かが激しく水を蹴立てる音が聞こえて
きた。
下流の方より、何かが迫り来る気配に、盗賊達がいっせいに動きをとめ、
ある者は伸び上がるようにして、暗闇の向こう側を凝視する。
松明の火が見えた。二つ。
照らし出された盗賊達が、眩しさに目を細める。
鋭い威圧の声がした。
「観念せよ、盗賊ども。松虫はすでに我らの手に捕らえられたわ。貴様らも
頭目同様、大人しく我らが縄につながれよ!」
他所に配されていた検非違使達だ。一番の大物を見事捕縛し、さらにその部下も
一網打尽にしようと、捕らえた盗賊からこの場所を聞き出しやってきたのだ。
盗賊達は、突然の事態にとまどいながらも、おとなしく捕まるつもりはないら
しく検非違使が立ちふさがる下流とは反対の上流側へと駆け出そうとした。
ヒカルを犯していた痩せ男も、遅れて達上がる。その時、松明に照らされて、
その男がヒカルの中から抜いたばかりの茶色く汚れた男根が見えた。尖端から
精液を垂らしてぬめっている。あんな汚らしいものが、今の今まで自分の中に
入っていたのだと考えただけでヒカルは吐き気がした。
盗賊達は活路を見いだそうと、盗んだ品の詰まった袋もそのままに、川の中を
バシャバシャと騒がしい音をたて上流へと走り出す。
が、そこにも、松明を持ったふたつの影が立ちふさがる。
「逃げられるなどと、思わぬことだ!」
川上も川下も、計四人の検非違使に挟まれて、盗賊達は腰に帯びていた、手入れも
ろくにされていないような太刀を引き抜いた。
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水音が夜の静けさを破り、検非違使達の美しく鍛えられた太刀の刃が、松明の
明りを移して、闇の中で橙色に映えて光った。
交わされる剣戟の音。
野太い悲鳴と川の流れに何か大きなものが倒れる音がして、あたりは再び夜に
相応しい静寂を取り戻した。
検非違使達が、川面を松明で明るく照らし出す。人の脛ほどしかない水深のそこ
にはすでに、ただの肉塊と化した塊が三つ、半分水につかって横たわっていた。
太刀の血糊を拭いて、検非違使達がこちらにくる。
ヒカルは慌てて、着衣を整えた。下袴は切られて脱がされてしまっていたので、
せめて上の単衣をきちんと着直す。無惨に蹂躙された下肢が隠れるように。
(何があったか、気付かれなきゃいいけど)
一番先頭の検非違使が、そこにヒカルがいることに初めて気付いたように声を
上げた。
「近衛じゃないか!」
検非違使達は一様に驚いたように、ヒカルに駆け寄った。
彼らの顔は知っていたが、名前を思い出せない。伊角の警護などで内裏に出仕
してしまうせいで、勤務時間がすれ違い、こういう風に名前を覚えていない仲間
がヒカルには何人かいる。
「何があった?」
河原の砂利の上に座り込んでいるヒカルの前にかがんで、その検非違使は
気遣わしそうに覗き込む。
夜風がつんとした血の匂いを運んできた。
他の者達は橋のたもとを調べて、彼らが背負っていた大袋を発見し、盗賊が
盗んだ品を検分しているようだ。
「怪我はないか?」
二十代半ばに見えるその検非違使は、ヒカルの単衣が泥土で汚れているのを
見て取って、肩や腕に大きな手傷をおっていないか調べ始めた。
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「馬鹿な勇み足で、不覚をとったよ」
ヒカルは、袋を調べている検非違使達の方を気にしながら、苦々しさを押し
殺して笑ってみせる。
不意に、ヒカルの体を調べていた検非違使の手が止まった。
橋のたもとの方を見ていたヒカルはそれに気付き、目の前の検非違使に
視線を戻す。
彼は下をじっと凝視している。
その視線の先には、単衣の間からのぞくヒカルの腿があった。その内側に
こびりつく、いく筋もの白い粘液の跡が、松明に照らし出されて、妖しげに
光っている。
しまったと思って、あわてて単衣の裾で隠した。気付かれただろうか?
検非違使は、黙って再びヒカルの顔に目線を戻すと
「切り傷はないようだが、打ち身はどうだ?」
と、尋ねてきた。内心でほっと溜め息をついてヒカルが答える。
「うん。頭の後ろ、殴られて……」
検非違使の手がヒカルの後ろにまわって、髪をかきわけた。
「この辺か?」
「もっと左かな」
「ここか?」
鈍痛に思わず顔がゆがむ。
「うん、そこ」
「そうか」
そう答えると、検非違使は手をさらに下に移動させた。それはさらにヒカルの
首筋を伝って、泥で汚れた単衣の襟から、背中へと進入する。
ヒカルは、その動きの意味がわからず、自分よりひとまわりほど年上の検非違使
を見上げた。
背中を戦慄に似たものが駆け抜けた。
その検非違使は、暗い目をしていた。
ヒカルがよく知っている目だ。さっきまでだって、同じ目の色をした男が三人、
ここにいて、ヒカルを嬲っていたのだ。
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唾を飲み込んで、ヒカルはその検非違使の前から身を引こうとした。
「怪我を看てやろうというのに、何故逃げる」
検非違使はもう片方の手に持っていた松明を投げ捨て、ヒカルの腕を引っ張っ
て、それを押しとどめた。
流れの中に落ちて、松やにの焦げる匂いとともに、ジュッという音を立てて
松明が消える。
怪我を看るのに、松明の火もなしでどうしようと言うんだと、ヒカルの方が
聞きたかった。
検非違使の手が自分の背筋を撫で回している。
いまだに自分のおかれた状況が信じられすにいた。
助けを求めて、橋のたもとの方を見る。すると、あとの三人の検非違使も
いつのまにか、ヒカル達の近くに来ていて、立ったままこの状況を
見下ろしていた。
彼らが手にした松明の火が、彼らの情欲をたたえた瞳の色を、残酷に
闇の中に照らし出していた。
――すべては無言のまま行われた。
逃げ出そうと立ち上がったヒカルを、松明を放りだした検非違使達が
とりひしぐ。
背に馬乗りになった男が、その単衣に手をかけ、肩を剥き出しにする。
ヒカルの抗うその手は、いつの間にか、罪人を縛る綱によって後ろに
戒められ、仰向けに転がされたその体の上を四人の男の手が這い回っていた
せせらぎと、立ち枯れた野の草が川風に揺れる音だけ耳障りに響く河原で、
ヒカルは四人の検非違使に犯された。
いや、犯されたというのは正しくないのかもしれない。なぜなら良くも
悪くも、それなりに上品な育ちをしている彼らは先の夜盗のように、
いきなりヒカルの中に進入する度胸などはなかったのだ。
男達はただ、自らの下肢を熱くする情火にしたがって、少年の体に手を
這わせ、若々しい汁気に満ちたその肌の味を堪能することに固着した。
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