黎明 59 - 63
(59)
「嫌だ。」
アキラは反射的に答えていた。だが最初の返事が拒否であろう事は、ヒカルも覚悟していた。
「なぜ。なぜ、今更、そんな話をする。」
困惑と怒りに震えながら、アキラはヒカルに問い、掴まれた腕を振りほどこうともがく。
けれどその手をしっかりと握ったまま、ヒカルはアキラに請い願った。
「おまえが俺におまえをくれないのは、おまえの中にいる誰かのためか?
おまえが想う誰かのためか?」
「違う。」
アキラは頭を振って、彼の問いを否定する。
「それは違う。僕じゃない。君が僕を見ていないからだ。」
「そんな事、ない。俺はちゃんとおまえを見てる。おまえが好きだ。好きだからおまえが欲しいと思う。」
「佐為殿よりも?」
冷たく切りつける刀のように、その人の名前がヒカルに突きつけられ、アキラの眼光がヒカルを射た。
けれど、その光に、ヒカルはもはや怯みはしなかった。
「違う。」
今度はヒカルが、きっぱりと答えた。
「誰も、佐為の代わりになんかなれない。比べる事なんかできない。
ただ、佐為の代わりにじゃなく、ただおまえが、おまえとして、欲しいんだ。」
ヒカルはアキラの両の手を握り締めてかき口説いた。
「一度でいい。おまえを俺にくれよ。
それとも、そんなにその誰かが好きなのか?
おまえは、おまえの熱は全部その誰かのもので、俺には欠片も分けてはもらえないのか?」
「そんな…事を、僕に問わないでくれ。それが誰かなんて、君は……」
「言わなくて、いい。聞きたくない。おまえが誰を想ってるかなんて。」
俺以外の人の名を、今、おまえの口から聞きたくない。そう思ってアキラの言葉を遮った。
「ただ、今だけ、俺のそばにいてくれる今だけ、一度でいいから俺を見てくれよ。
一度でいいんだ。
おまえが欲しいんだ。おまえの全部が。
それでもう俺を忘れてくれていいから…そうしてくれたら、俺はもういいから。
おまえはその、誰かの元に、もう、戻っていいから…」
(60)
なぜだ。
なぜわからないんだ。
そこまで僕を欲しいというのなら、それなら、なぜ気付かないんだ。
その誰かが君だという事に、いつだって僕が見ているのは君しかいないという事に、僕が欲しい
のは、僕が誰よりも想うのは君なのだという事に、なぜ君は気付かないんだ。
けれど僕は知っている。なぜ君がそれに気付かないのか。
佐為殿以外の誰かが君を愛する事など、それこそ君はそんな事は万に一つもないと、信じて疑
いもしない。そうして君は彼以外のひとが君を愛する事を許さない。そうやって君は僕の想いを
否定しているんだ。
僕は知っている。逝ってしまっても、それでも尚、君の心を一番に捉えているのは佐為殿だとい
うことを、君の中の特別の位置は彼に占められていて、他の誰の入る隙も無いという事を、僕は
誰よりも強く思い知らされている。彼の為に闇の底にさえ堕ちて行った君を、僕は知っている。
君は、君の心は一欠片も僕にはくれないくせに、僕を欲しいなんて、言うな。たった一度だけ僕の
熱が欲しいのだと君が言うのならば、僕は君の全てを永遠に欲しいと思う。そんな僕の想いには
君は決して応えはしないくせに、僕の望むものを欠片もくれはしないくせに、それなのに僕を欲し
いなんて、言うな。
一度でいいなんて、言うな。
一度きりじゃ嫌だから、たった一度でも抱き合ってしまったら君の全部が欲しくなってしまうから、
けれどそれはかなわぬ望みだと知っているから。
一度でも抱き合ってしまったら、忘れられなくなる。
だから、だから一度でいいなんて言わないでくれ。君に必要な僕はたった一度で充分だなんて、
それだけしか欲しくないなんて、僕に思い知らせないでくれ。
忘れてくれなんて、言うな。忘れられるはずがないじゃないか。今でさえ、僕は君を忘れるなんて
できない。行き場のない想いを抱えたまま、その想いを忘れることも捨てることも出来ない。
僕が戻るんじゃない。君が出て行くんだ。そうして僕は一人取り残される。
思い出すだけの思い出なら最初から欲しくない。そう思ったからこそ。
(61)
「おまえが、好きだ。アキラ。だから、おまえを俺にくれよ。」
真摯な瞳がアキラを正面から見詰めた。
真っ直ぐに向けられたその眼差しを、拒み通すことなど、所詮、できるはずがなかったのだ。
溢れそうになる涙を追い落とすように仰のいて瞼を閉じると、涙は両の目からアキラの頬を伝って
流れた。その涙を吸い取るように、ヒカルがアキラの頬から目元へとくちづけた。
否、と言わないアキラが、そのまま諾と言う返事なのだとヒカルは受け取り、初めて拒否される事
もなくその唇に唇で触れた。震えおののきながら、アキラの唇はヒカルを迎え入れた。初めて味わ
う熱く甘いヒカルのくちづけに、アキラは痺れるような陶酔感に酔いながらも、胸がギリギリと痛む
のを感じた。熱くくちづけを交わすうちに、心臓は耐え切れぬほど激しく暴れだし、脈動はそのまま
身体の中心を通って下半身へと通じていた。
ヒカルがアキラの震える身体を床に押し倒し、彼の中心に屹立する熱い男性の証をぎゅっと握り
込んだ。これが、この熱が、ずっと欲しかった。
彼の衣を剥ぎ、自らの衣を脱ぎ捨て、そして彼の中心に熱く震えるその熱棒をヒカルが口いっぱ
いに頬張ると、彼の口から悲鳴のような熱い吐息が漏れた。それに気付いて、ヒカルは彼の熱い
中心への刺激を手に任せて、彼の唇をもう一度唇で塞いだ。アキラを擦りあげるようにその手を
動かすと、熱い息がヒカルの口中にもたらされた。
それが、ヒカルの望んだものだった。彼の発する熱の全てが欲しかった。体温も、声も、吐く息も、
何もかも全てを自分のものにしたかった。手の中で彼の分身が熱い涙をこぼす。びくびくと震える
それが放出の瞬間に近づこうとしているのを感じて、ヒカルはあわてて片手でそれを押し止めなが
ら、先端から零れる先走りの涙を自分の秘門に塗りつけ彼の上に跨った。そして震える彼をそこ
にあて、貫くように一気に腰を沈めた。ヒカルがアキラを根元まで飲み込み、奥まで到達した瞬間
に、アキラは熱い精をヒカルの内部に放ち、ヒカルはそれが自分の奥に広がって行くのを感じた。
これこそが、ずっと、ずっと、欲しかったもの。
望んで、求めて、ようやく得られた熱い熱に、ヒカルは喜びの涙を流した。
(62)
内部にある未だ失われていない熱を煽るように、ヒカルは彼の上で動き出した。
自らを飲み込み締め付ける動きに、彼がヒカルの下で熱く苦しげな息を漏らす。その息を逃さぬ
ようにヒカルは彼の腕を掴んで引き起こし、唇を塞いだ。
本能が彼を動かし、ヒカルを突き上げる。それに応えるように、その熱を更に煽り立てるように、
ヒカルがまた動く。動きに伴って激しく出入りを繰り返すそこからは赤い血の混じった白い精液が
泡だって粘液質の音を立てる。その音さえ飲み込むように荒い息遣いが聴覚を支配する。ぎしぎ
しと身体が軋み、皮膚は熱く燃え上がり、汗が飛び散る。
激しい動きの頂点で彼らは同時に到達し、二度目の熱がヒカルの奥深くへ放たれ、ヒカルの放っ
た熱が彼の腹部を濡らす。痙攣する身体を繋ぎとめるように強く抱きあったまま、彼らは互いの熱
を受け止めた。
まだ熱く荒い息をついている唇にまた唇を重ね、それから彼の顔を両手で挟んで覗き込んだ。熱く
濡れた瞳がヒカルを見上げた。その熱い眼差しが自分に向けられているのが嬉しかった。嬉しくて
また唇を重ねると、彼の舌がヒカルの中に侵入し、口腔内を熱く探り、ヒカルの舌を絡めとった。彼
の方からくちづけを返してくれたことが、ヒカルは嬉しかった。自分が求めているだけでなく、彼もま
た自分を求めてくれているのだということが確かに感じられた。
「アキラ…好きだ…」
彼の身体に自らの重みを預け、頬を摺り寄せて、ヒカルは言った。
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けれどアキラはヒカルのその言葉に激しく反応し、上にいたヒカルを乱暴に追い落とすように身体
を起こし、逆にヒカルの身体を自分の下に組み敷いた。訳がわからずにヒカルがアキラを見上げ
ると、黒い炎のように燃える瞳がヒカルの瞳を貫いた。燃え上がる炎の激しさが、熱情なのか、情
欲のためなのか、それとも怒りなのか、区別がつかなくて、けれど恐ろしくて、ヒカルは心臓が激し
く脈打つのを感じた。
黒く燃える瞳が真っ直ぐにヒカルを見据えたまま、近づいてくる。
その熱に耐え切れずにヒカルは目を瞑った。
まるで長いこと餓えていた人間が、目の前に差し出された果汁の滴る新鮮な果物にかぶりつくよう
に、アキラは無我夢中でヒカルを貪った。そうされて、もう、ヒカルはただ彼の身体にしがみつくしか
できなかった。
アキラがヒカルの肩口に齧りつき、ヒカルは鋭い痛みを感じた。そしてアキラの舌がその痛みを吸
い取り、舐め上げるのを感じ、アキラが傷口から溢れ出る赤い血潮を舐めとり、吸い上げているの
だとわかった。執拗に血液を吸い上げるようなアキラの舌使いに、ヒカルはアキラに生きたまま食
べられてしまうのかもしれないと思った。けれどそれでも構わないと思った。肩の傷口から唇を離さ
ないまま、アキラの手がヒカルの胸元を探り、突起を探り上げるとそれを指ではさみ、それから引き
ちぎれるほどに強く、摘み上げた。その痛みに、ヒカルは悲鳴を上げた。今度はアキラが、ヒカルの
悲鳴を漏らさぬよう、ヒカルの唇を塞いだ。
アキラの唇が、手が、ヒカルの身体を探り、触れる箇所からその度にヒカルの皮膚に新たな火が
ともる。燃えるように熱い腕が、脚が、強引にヒカルの身体を割り開き、ヒカルの中に侵入してきた
灼熱の楔は激しい勢いでヒカルを蹂躙する。
熱い。
何もかもが熔けてしまいそうに、熱い。
燃え上がる炎の渦に飲み込まれ、熱い坩堝の中で身体も、意思も、思考も、感覚も、記憶も、快楽
さえもドロドロに溶けて混ざり合い、この熱が自分の皮膚の熱なのか、彼の皮膚の熱さなのか、自
らの内から生ぜる熱なのか、彼の中に燃える炎なのか、全ては区別もつかず、ただ、「熱い」という
感覚だけがヒカルを焼き尽くし、燃える灼熱の炎の中でヒカルは今まで到達した事もない高みへと
昇って行き、そこで全てを手放した。
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