平安幻想異聞録-異聞-<駒競> 6
(6)
「ホントに?」
「嘘は付きませんよ、私は」
「よっしゃぁ!」
ヒカルがこぶしをにぎった。
「見てろよ、佐為! 三年後には絶対お前より背が高くなってやるからな!
そんでもって、三谷のやつをギャフンと言わせてやるぜ!」
なぜ、ここで三谷の名前が出てくるのか――。
考えをめぐらして、佐為はひとつの予測につきあたった。
突然にヒカルがこんなことを言いだしたその訳は。
「ヒカル、さては昨日の駒競べで、三谷殿に何か言われましたね?」
「うん。なんでわかった? あいつさぁ、オレに負けたくせに退場するとき、
オレに「チビ」って捨台詞吐いてったんだぜ! もう、むっちゃ悔しくって
さぁ! 他の人が見てなけりゃ、絶対追いかけていって殴ってた」
佐為が溜め息をつく。
「馬だけじゃない、いつか背だって三谷を追い越してやる! 心配だったのは、
そのう、まぁ、背が伸びたらお前に嫌われちゃうかなぁとか…、こういうこと
出来なくなっちゃうかなぁだったんだけど…」
それでも、その中で自分の事を思い出してくれただけでもよしとしようか。
ヒカルが、すっかり溶けてしまった氷菓子に気付いて、佐為に「なんで、夜まで
待てなかったんだよ」と文句を言う。夜は夜でヒカルを自分の腕の中から逃がす
つもりのない佐為は、そのヒカルの言葉を苦笑して受け流し、夕風にはだけられた
肩を引き寄せて、なだらかな曲線を描くそこに、唇を落とす。
ヒカルが小さく息を詰めた。その様子に満足して、そのまま佐為は、氷菓子より
贅沢な味のする、その検非違使の少年の唇を吸う。
そして、ささやく。
「三年後を楽しみにしていますよ、ヒカル」
夏の夕日はすでに低く、蝉時雨の主役は煩く鳴く熊蝉から、いつのまにか
しみじみとしたヒグラシの声になっていた。
<平安幻想異聞録-異聞-<駒競>・了・>
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