温泉旅情 6


(6)
では、ヒカルは、旅行に行く相手に、なぜ自分を選んだのだろう。
旧知の仲でも、あけすけに気を許せる間柄でもない。一緒にはしゃげるわけでも、同じ話題で盛り上がれる
わけでもない。
俺くらいの年齢の、適当な人材が思い浮かばなかったとしても、温泉に一緒に行くだけなら、もっと相応な
相手をいくらでも見繕えるだろう。
彼の周りにはいつも人が絶えない。
なのに、彼は「緒方さんと行きたい」と言った。照れながら、珍しく切実な顔をして。
選ばれたことを、光栄に思わなければいけないのかもしれない。誘われたことを素直に喜ぶべき
なのかもしれない。
ただ、彼が自分を誘った理由に思い当たるものがひとつだけあって、けれど、それは決して
嬉しいものではなかった。
考えても仕方のないことだとわかってはいるのに、そのことがずっと胸の奥に引っかかっている。

溜息を吐いて、思考を打ち切る。
意識を現実に戻せば、隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。
ヒカルはとうとう眠ってしまったらしい。
横目で、彼の目が瞑られているのを認して、カーステレオから流れるBGMを止めた。



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