トーヤアキラの一日 6 - 10
(6)
いつもの父親の場所に座っているアキラは、いつものアキラの場所で胡座をかいて食事をして
いるヒカルを見詰める。最初は嬉しそうに見ていたアキラだったが、その瞳は徐々に鋭さを
増して行き、獲物を狙う獣の目に変っていた。
ヒカルがパンをかじって顎を動かして噛み砕く。それを、ミルクをたっぷり入れたコーヒー
で飲み込む。その時に動く喉仏を見た時、我慢できなくなったアキラは、突然右手でヒカルの
左手の手首を掴み、引き寄せながら、腰を浮かして右膝を移動させてヒカルの横に素早く動く。
驚いてアキラを見上げるヒカルを押し倒して上にのしかかった。
「なっ!何だよ!」
倒されたヒカルは非難するようにアキラを見ながら抵抗する。
ヒカルの右手首も左手で掴み取って、アキラはヒカルの喉に思い切り吸い付いた。
「や、やめろよ!!」
そうヒカルが叫ぶと、アキラの唇に触れている喉仏が動く。
「進藤、君が好きだ・・・・しんど・・・」
そう切羽詰った声で囁きながら、首筋から顎を掠めてヒカルの唇を捕らえる。
最初は驚いて抵抗する様子を見せたヒカルだったが、アキラの欲している物がキスだと分かると
力を抜いて自分から唇を開いてアキラを受け入れた。
ミルクコーヒーの味がする口腔内を思い切り弄る。ヒカルの舌を吸い上げ味わう。
クチュ、という音が静かな部屋に響き渡る。その音を聞きながらさらに気持ちは昂ぶって行く。
最初はいつもと同じように口腔内を貪っていたアキラだったが、左手をヒカルの右手首から
頭に持っていくと動かないようにしっかり押さえつけた。
次の瞬間、口を大きく開けてヒカルの口を覆い、出来るだけヒカルの奥深くに舌を伸ばす。
「う・・ぅ・・」
苦しそうに呻きながら、頭を動かそうとするヒカルだったが、アキラに押えつけられていて
動く事が出来ない。アキラの舌を押し戻そうともするが、上からの圧力の方が強くてうまく
舌が動かせない。
(7)
アキラは夢中でヒカルの喉の奥に舌を伸ばそうとしている。ヒカルはあまりの苦しさに右手で
アキラの背中を思い切り叩いた。
それでもアキラはやめる様子を見せない。鼻で息を継ごうとするが、上から思い切り圧迫されて
うまく行かない。本当に息が出来なくて苦しくなったヒカルは、右手でアキラの肩を掴むと足も
使って、思い切り体ごと突き飛ばした。
華奢に見えるヒカルだが、元々はスポーツが得意な元気少年である。アキラの方が多少背が高い
とは言え、本気で力を出せば、アキラに負けるわけは無いのである。
「バカッ!!」
起き上がったヒカルは、掠れた声でそう叫ぶと、胸に手を当てて激しく息を吸い込む。
突き飛ばされて後ろに尻餅をついたアキラもまた、はぁはぁと息をしながら呆然としている。
やっと酸素を補給したヒカルが、アキラを睨みつけながら大声を上げる。
「殺す気かよ!!お前っ!!息出来ねぇだろ!!」
そのヒカルの声でやっと我に返ったアキラは、情けない顔で呟く
「ご、ごめん・・・・・ボクは・・・ただ・・」
「ただ、なんだよッ!!何するつもりだったんだよ!!」
「ただ・・・キミの喉の奥に触れたくて・・・」
「えっ??何だよそれ、ふざけんなよ!!」
「ごめん・・・・・・」
ヒカルの強い口調に、アキラは泣きそうな顔になって自分のした事の言い訳をする。
「・・・キミの食べてる姿が可愛くて・・・でも、喉仏がイヤらしく動くから、つい触れてみたくて・・・・・
キミを苦しめるつもりなんて無かったんだ。ゴメン。本当にごめん」
(8)
睨みつけていた視線を和らげると、ヒカルはため息をついた。
そして、悪戯をした子供を諭すようにヒカルは言う
「お前なぁ、喉仏に触れるって・・・・普通、外からだけだろ。舌で口の中から届くわけ無いだろ?」
「うん、ごめん」
「もー、絶対に食事中に変な事すんなよ!」
ヒカルがそれ程怒っていない事がわかると、アキラは体を起こしてヒカルの手を取る。
「もう絶対にしないから。食事を続けよう」
疑いの眼差しで見ているヒカルだったが、食欲には勝てないらしく、アキラの手をさりげなく
振り払い、少しアキラから離れた位置に移動して何事も無かった様に食事を続けた。
この事があった後も、ヒカルが食べている喉元を見ていると、アキラは体の奥底が疼くのを
止める事が出来ない。最初は喉の奥まで味わいたいと言う感情だけだったが、最近は口だけでは
なく、別の場所の奥底まで舌で味わいたい衝動にかられる。もうしない、と約束した以上、
食事中に襲い掛かって喉を味わおうとする事だけは、何とか自制しているアキラだった。
ヒカルはアキラのこうした突飛な行動を、大抵の場合は、怒りながらも受け入れてくれた。
ちょっと口を尖らせたり、少し大声を出す時は、本当には怒って無いのである。本当に受け入れ
られない時は、ヒカルは大声を出した後に押し黙ってしまうのである。その時は、周りを寄せ
付けない空気を漂わせており、アキラと謂えどもどうする事も出来ずに、ただヒカルの表情が
和らぐのを待つだけなのである。
一人の食事を終え、皿を洗うと、8時40分になっていた。部屋に戻って机の上にある封筒を確認
する。中には、消費税込みで「9,922円」きっちりが入っている。今日の午前9時から正午までの
間に、代金引換宅配便で商品が届けられる事になっているのだ。午前中のいつ来るか分からない
ので、出かけるわけには行かない。両親が不在なので、自分以外に受け取る人間は居ないので
あるが、中身の事を考えると、絶対に自分で受け取らなくてはいけない。
(9)
ふと机の横を見ると、ゴミ箱が一杯になっている事に気付く。今日は丁度、ゴミ回収の
日だが、9時までにゴミ集積場所に出さなくてはいけない。急いでゴミ箱を持って台所に
行き、棚の中にある半透明のビニール袋を取り出して、台所に置いてある生ゴミの入った
袋や空の牛乳パック等を放り込んでいく。最後に部屋のゴミ箱の中身をビニール袋の中に
逆さにして空ける。ゴミの中身は殆どがティッシュペーパーで、馴染みのある臭いが鼻を
衝き、いやでも昨夜の事が思い返される。
ヒカルと関係を持つまでは、自分で慰める事など殆ど無かったアキラであったが、最近では、
ヒカルに会えない夜に、ティッシュの山を築く事が多くなっている。
毎日、布団に入るまでは『今日こそはしない』と心に誓うのだが、布団に入って寝付け
ないでいると、その誓いは脆くも崩れ去ってしまう。
昨夜も『明日は進藤に会えるのだから、絶対にしない』と自分に言い聞かせて布団に入った。
何の物音もしない、暗く静かな部屋の中で目を瞑っていると、この部屋でのヒカルの姿が
自然に思い起こされる。楽しそうに話をしている顔、真剣な眼差しで碁盤を睨んでる顔、
甘える様に潤んだ瞳で見詰める顔・・・・・・・。
瞼の中のキミを抱き寄せて唇を重ねる。キミの柔らかい唇を軽く舐め回した後、勢い良く
口腔内に進入する。キミの舌を絡め取り、次々に唾液を流し込むと『んっ…..』と喉を鳴らし
ながら、与えられた液体を飲み込む。その動きを感じたくて、そっとキミの喉に手を当て
ると、喉仏が軽く上下しているのがわかる。
───あぁ、進藤・・・・キミに会いたい、キミに触れたい
───いやダメだ、これ以上キミの事を考えたらまたしてしまう・・・・・
そんなボクをキミは不思議そうに見詰めて、耳元で囁く『トーヤ、早くぅ』
───ダメだ、進藤、ダメだ・・・・・・
そう思うのに、キミの声に我慢できなくなって、思い切りキミを押し倒す。
───あぁ、これ以上ダメだ・・・・ダメだ・・・・・
(10)
思いとは裏腹に、アキラの右手は自然に股間に近づいて行く。パジャマの中に手を入れて、
下着の上から自分自身にそっと触れる。そこは恥ずかしくなる位に硬くなり、存在を主張
している。躊躇しながらも、下着の中に手を入れて軽く扱くと、ヒカルがそこに触れて
くれた時の感覚が蘇り、分身も嬉しさにヒクヒクと震えている。
───ん・・・・しんどぅ・・・・・キミに触れたい・・・・
キミの甘い匂いを深く吸い込みながら、細い首に口づける。柔らかい髪に手を入れて
キミの頭に直に触れる。首筋から耳へと唇を這わせ、耳朶を軽く噛むと、キミは
『あっ!!』と小さな悲鳴を上げる。もっと可愛い声が聞きたくて、ピチャピチャと音を
たてて耳朶を舐めまわす。キミは『ぁん、トーヤぁ』と言いながらボクの体に足を巻き
つけて来る。キミの次の声が聞きたくてキミの下半身に服の上からゆっくり手を滑らせて
行くと、もどかしげにキミは体を捩りながら『んっ、早くぅ、して・・・・・んんっ』と
ボクを誘う。
瞼の中のヒカルの声にアキラはさらに煽られ、体中の血液が沸騰したように燃え上がる。
アキラの息遣いは荒くなり、手の動きも激しくなる。喜びの雫で、下腹部が濡れる。
───あぁ、ダメだ!!このままではもうイッてしまう!!
───まだキミの中に入っていないのに・・・・!!あの声も聞いてないのに!!
───うぅぅ・・・あぁぁ!・・・進藤、しんどー、しんどぉぉぉぉぉ・・・・!!!!
アキラはあっけ無く手の中に精を吐き出した。
断続的に震える分身を手で包み込み、余韻に浸る。
暫くして頭が覚醒すると、激しい自己嫌悪が襲って来た。ティッシュの箱に左手を伸ばすと、
怒った様に、何枚も抜き取る。自分の精液でベトつく右手をティッシュで拭くと、虚しさが
アキラを支配して涙が溢れる。
自分で自分の体を抱き抱えるようにして横になり、目を閉じる。体の力を抜いてじっと部屋の
空気を感じていると、次第に惨めな自己嫌悪の淵から現実に引き戻され、気持ちが落ち着く。
───明日はキミに会える・・・・早くキミの笑顔が見たい・・・・キミに触れたい・・・・
軽い虚脱感の中で、アキラはヒカルの事を想う事で心が満たされていく。明日の事を考え
ながら、次第に眠りに落ちていった。
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