甘い経験 6 - 10


(6)
「相変わらずだな、その食べ方。」
ヒカルの豪快な食べっぷりを見て、アキラはクスクス笑った。
そして、ヒカルの頬に指を伸ばして、
「ホラ、」
と、口元にこぼれたプリンのカケラを指で掬い取り、そのまま自分の口元に運んで
ペロリと舐めとった。その仕種に、ヒカルは思わず心臓が大きく鳴るのを感じた。
だが、ヒカルのそんな戸惑いには気付かず、アキラは笑みを浮かべながらヒカルを眺め、
子供のようなヒカルが可愛らしいな、と思っていた。
その時、ふいにアキラが戸惑ったような目でヒカルを見詰めた。
「…どうした?塔矢。」
「なんか…前にも、こんなことがあったような気がして…気のせいかな。」
そう言ってアキラはにっこりと笑って、自分の食べかけのプリンを差し出した。
「こっちも、食べてみる?」
その笑みにヒカルは我知らず赤くなってしまった。
そして、自分の分は全部食べてしまった事に気付いて、慌てて言った。
「あ、ゴメン…オレ、全部食べちゃった。」
「いいよ、今、味見したから。」
アキラは少しいたずらっぽく笑った。その笑みにヒカルはまたドキリとした。


(7)
だがコンビニで買ってきたプリンも食べ終え、食卓を片付けてしまうと、会話はどことなく
ぎこちなくて、何か話していたと思うと、ふっつりと途切れてしまう。
当たり前だ。今、考えている事は、望んでいる事は、こうやって言葉を交わす事ではなく
―言葉でなければ何を?
ヒカルは突如自分の考えに慌てて、それを誤魔化すように言った。
「あの、あのさ、塔矢、風呂、入るか?」
言ってしまってから、あまりにも唐突すぎる自分の発言にまた頭を抱えそうになった。
だが言い出してしまった以上、他に話題もないことだし、と思い直す。
そして、用意してくるから、とアキラに声をかけてヒカルは浴室へ向かった。
蛇口を捻ると勢いよく熱い湯が出てくる。
浴槽に湯を貯めている間に、客用のバスタオルを探してきて、アキラに渡した。
「これ、タオル、つかって。着換えは?」
「持ってきてるから。」


(8)
オレ、なんか、とんでもない事考えてたのかもしれない。
ドア越しに遠く、水音が聞こえる。
風呂に入っている塔矢…想像しただけで鼻血が出そうだ。
こんなんで、オレ、本当に大丈夫なんだろうか。
だいたい、男の裸を想像してこんなになるなんて、どうかしてる。
いや、どうかしてるのは今に始まった事じゃないけど。

あいつって細く見えるけど、でも背はあいつの方がちょっと高いんだよな。
ちょっと悔しいけど、オレだってまだまだ背伸びるだろうし。
じゃあ、あいつのアレって、どんなかな。オレのと同じくらいかな。
オレよりでかかったら…ちょっとショックだな。
オレは普通サイズくらいだと思うけど。
でも…他人のなんて、そうまじまじと見たりもしないし。見たくもないけどな。
でも、あいつのだったら……いや、えーと、そうじゃなくて。
でもあいつって、オナニーとか、するのかな。するよな、普通。
でもなんだかあいつがそういう事してたり、そういう事考えてたりするのって、あんま
想像できない。いっつも憎らしいくらいすました顔して。こっちが悔しいくらいに。
でも、今日、うちに来てるって事は、オレの考えてる事くらい、わかってるはずだし。
わかってないなんてことは、ないよな。いくらなんでも、この空気でさ。


(9)
「進藤、」
「うわあっ!」
一人、悶々としている所に突然後ろから声をかけられて、ヒカルは思わず叫び声を
上げてしまった。
そんなヒカルの様子を見て、アキラがにやっと笑ったような気がした。
だがすぐにいつものような穏やかな笑みを浮かべて、言った。
「お先に、どうもありがとう。いいお湯だった。」
「あ、う、うん。」
どぎまぎしながら、ヒカルは何とか応えた。
「キミも、入って来る?」
「う、うん、そうだな。あ、そうだ、何なら、オレの部屋で待ってて。」
着換えを取りに上に上がるついでに、アキラをそう促した。
アキラは荷物をもって、ヒカルの後からついてきた。

「なんだか、懐かしいような気がするな。まだ3度目なのにね。」
部屋を見まわしてから、アキラはヒカルに向かってにこっと笑った。
その笑顔に、ヒカルは心臓が止まりそうになった。
もうすでにずっと、心臓は爆発しそうだったのに。
実は、さっきから、湯上がりのアキラにヒカルはクラクラしていた。
濡れた髪。上気した頬。白く細い首筋。
男のくせにあんなに色っぽいなんて、なんなんだよ、アイツは!
こんなんで、ホントウに大丈夫なんだろうか、オレ。


(10)
「塔矢、」
声をかけながら、ヒカルは部屋に入った。
ベッドの端に腰掛けて本を読んでいたアキラが顔を上げて、ヒカルを見て笑った。
「何、読んでたんだ?」
問い掛けたヒカルにアキラは読んでいた本を手渡した。
「塔矢名人選 詰碁集」。それはヒカルが初めて買った囲碁の本で、何度も読み返した
ためにかなり痛んでいた。
本棚の中からアキラがそれを選んだのは、自分の父親の本だからだろうか。
「ボクもこれ持ってるんだ。随分とこれで勉強したよ。」
本をパラパラとめくりながら、アキラが言った。
「これ、すごくよく読み込んでるよね。
キミがこれをこんなに読んでてくれるなんて、なんだか嬉しいよ。」
「…やっぱ、おまえの親父ってすげえよな。」
「うん、お父さんはやっぱりボクの一番の憧れで目標だったからね。」
アキラは顔を上げて遠くを見るような目で、言った。
「いつも目の前に聳え立っていて、間違えようのない目標だった。
ボクはそこに向かって真っ直ぐ歩いていけばいいと、思ってた。」
そこまで言うと、言葉を切って、今度はヒカルを見詰めて、言った。
「キミに、出会うまでは。」
それからすっと視線を外して、目を伏せて、
「でも、あの頃は、まさかこんな気持ちになるなんて思わなかったな。」
と、小さく呟いた。
こんな気持ちって、どんな気持ちだよ?言ってくれよ、とアキラの長い睫毛を見下ろして、
ヒカルは思った。そして、アキラの隣に、ヒカルはそっと腰を下ろして、呼びかけた。



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