緒方クリニック 2 6 - 10


(6)
茂人は再び目頭を押さえた。その時、控えめにドアをノックする音が響いた。カチャリとドアノブが回り、
その隙間からアキラが顔を覗かせた。
「506たん、緒方院長が呼んでます。ここに落とし物をされた方がいらっしゃるみたいで」
「あ、わかったわアキラたん」
506は立ち上がると、ナースキャップを直しながら出ていった。
相変わらずアキラはお人形さんのようだ。内側から光り輝くようなきめ細やかな肌、白雪姫を
思わせてならない真っ黒の髪の毛に真っ赤な唇――そして、パールピンクのカズノコ天井。
それをしても落とせなかった緒方が、茂人のもになるなんて……。
茂人はモナリザのような微笑みを湛え、アキラの細い手を取った。
「アキラたん。アキラたんも結婚式に……ん?」
茂人は目を見開いた。アキラの白魚のような華奢な指に、プラチナとゴールドの指輪を発見したのだ。


(7)
「アキラたん、とても綺麗な指輪ねぇ…」
アキラの指にとても良く似合う、茂人も雑誌で見たことのあるカルチェの指輪――。
うっとりとその指を見つめ、茂人ははっと我に返った。
「…彼に、いただいたんです」
「ま、奇遇ね。茂人も貰ったのよぉダーリンに♪」
ジャーン! と効果音を演出しながらアキラの目の前で手を翳し、茂人はフフンと笑った。
「兄貴との結婚式には呼んだげるわっ」
アキラの目が大きく見開かれる。天然ものの二重に、ビューラーもマスカラもなしにくるんと
持ち上がった贅沢な睫毛――。そんなアキラが驚く様は茂人を満足させた。
赤い口紅を塗ったとしか思えない天然の唇がわなないたあと、アキラは月を思わせるような
凛とした眼差しで、茂人を見つめる。
「な、なによアキラたん!」
「彼は、昨日ボクの家に来ました。…ボクとの交際を認めてもらうために」


(8)
そんな。まさか二股を掛けられていたなんて――。
茂人はガクリと項垂れ、両手を机の上に突いた。
「…でも心配しないでください。ボクはまだお付き合いの相手を一人に決めることなどできません」
アキラは優しく言い含め、茂人のがっしりとした肩を抱いた。
「アキラたん…」
「ボクはまだいろんな人と試してみて、最高のパートナーを見つけなきゃならないんです。
まぁ院長は――特別な人ではあるけれども」
微笑むアキラは美しかった。茂人はさめざめと流れる涙をそのままに、アキラの胸に顔を埋めた。


(9)
「茂人たん…その指輪のことなんだけどぉ」
ドアから顔を覗かせた506が、茂人を手招く。
「一昨日の患者さんで、指輪を忘れた人がいるのよ。で、特徴がよくこれと似てて…
ちょっと見せてもらっていい?」
「兄貴が茂人のために買ってくれた指輪なのっ! でもいいわ。506たん、大事に持ってってねん」
茂人はビーズの指輪を外し、506のてのひらに丁寧に置いた。
二股を掛けられていても、やっぱり茂人は緒方を愛しているのだった。
「さあ茂人たん、そろそろお昼ですよ」
アキラが慈愛に満ちた表情で、背中を摩る。茂人はハンカチで目尻を拭い、その黒く汚れたさまに
悲鳴を上げた。


(10)
「茂人たん、大変大変」
506がまたやってきて、ドアを乱暴に開ける。
「茂人たん、やっぱりあの指輪、落とし物だって……。兄貴が拾って茂人たんにあげたって
白状したよ!」
「まさか……そんな、兄貴が……」
真っ白のウェディングドレスと、ピンクのカクテルドレスが去っていく。
昨日のお買い物の21700円のオカマ専門店で買った下着も、今となってはレースでオトコノコの
部分が擦れて痛い感触しかなかった。
「……でも、そんなつれない兄貴も、カワイイのぉん……っ」
茂人はうめくように呟き、今度こそ気を失った。

                                とりあえず終わる。



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