クローバー公園(仮) 6 - 10


(6)
「じゃ、前髪上げて」
言われるままアキラは、前髪を両手で押さえ、額を出した。
普段なら、自分でやるからいい、と言いそうなものなのに
大人しくしているアキラは珍しかったし、その上、今のアキラには
今自分がどんな状態か、ちゃんと分かっていないんだろう。
普段は厚めの前髪で隠されている額が全開にされている姿に
ヒカルは思わずにやにやと笑みを浮かべた。
「…なにか?」
「あ、うん…、塔矢のデコ丸出しって面白ぇなーって」
「そんなの、キミだっておでこ全部出したら、きっと…」
アキラはヒカルの前髪を上げ、くすくすと笑い出した。
「……ほら、結構おかしいよ?」
「だーっ!そんなのいいから、早く、ほら、貼るぞ」
状況が悪くなったヒカルは、慌てて冷却シートのフィルムを剥がした。
あ、ごめん、と呟いて、アキラは再び前髪を上げ、目を半ばまで伏せて
黙って待っている。
冷却シートをあてようとしたその時、何か違和感を感じた。
いや、何かあってはいけないようなものが見えた。ように思う。
一度ぎゅっと目をつぶってから、もう一度良く目を凝らして
アキラの額を凝視したが、今は何もない。
気を取り直してアキラの額に冷却シートを当てようとした、その時。
ヒカルばったりと真後ろに倒れ込んだ。


(7)
何故だか良く分からないけれど、今すごく居心地が良い。ここ何処だろ?
とにかく目を開けようと、ヒカルは瞼に少し力を込めてみる。
その違和感に気づいたアキラはヒカルの顔を覗き込んだ。
「進藤、気がついた?大丈夫?」
答えるように、ヒカルの瞼が小さく何度も瞬く。
漸く瞼が少しだけ上がると、肩口で切りそろえられた黒髪が見えた。
ゆっくり澱みなくヒカルの髪を撫で続ける手がある。
「着替えてちゃんと休む?それとももう少し、こうしてようか?」
ぼんやりと視界に入る、天使の微笑み。
「とぉや……」まだ瞼も上がらないヒカルの声は、本当に微かだった。
前髪に向かって伸ばされた手を、アキラはそっと握り止めた。
「ん?どうした?」
「……キ………………」
「なに?キン……?」
「キングギドラ…」
「キング…、ギドラ?」
それが何でどうしたのか訊く間もなく、
ヒカルは唐突に両目をぱっちりと開いて飛び起きた。
二人の額が勢い良くぶつかり、あまりの痛さに二人で頭を抱えた。
「塔矢、おまえなんか変なもん飼ってない?」


(8)
握られた手を振りほどいて、ヒカルがもう一度手を額に伸ばすのを
辛うじてアキラは制した。
「変なもんって何だ?なにも居ないだろ?」
周りを指し示しながら、少し大げさに肩をすくめて見せて、
つかみ掛からんばかりの勢いのヒカルから上半身を逃がしたが
ヒカルは執拗にアキラを追ってくる。
「だってオレ見たもん!キングギドラのおまえをぱっくり顔だして、
火のヒヨコをデコが割ったんだよ!!!」

………………………………………………………はぁ?
「キングギドラのボクが、何だって?」
「だーかーらー、デコのヒヨコが火を割って、おまえのぱっくり吹いた
キングギドラが顔だったんだよ!しかも信号機で!」
ヒカルの言葉は最早日本語とは程遠いうえに、さっきと言ってることが違う。
いくら畳の上とは言え、倒れたときに頭を打ったのが良くなかったんだろうか?
それとも、暑さで頭がおかしくなったんだろうか?
やっぱり、あんなところに連れていかなければよかった。
公園や野の花なんて柄じゃないのに、変な事したのが良くなかったのかもしれない。
ずっとこんな風にどこかおかしいままだったらどうしよう?
碁も打てなくなったらとても困る。ヒカル自身だけではなく、自分だって。
やっぱりもう少し休ませたほうがいいかもしれない。
「進藤、汗流して着替えておいでよ。その話は後でゆっくりしよう」


(9)
「風呂いいよ。オレ、帰る」
またも飛び出した予想外の言葉に、アキラは思わずヒカルに躙り寄った。
「今日は泊まるって言ったじゃないか?」
「オレ、そんな事言ってないよ。言う訳ないじゃん。」
ヒカルはきょとんとしている。
「こないだお母さんに外泊多すぎるって怒られたばっかりだもん。
帰んなかったら、しばらく外泊禁止になっちゃうよ」
こんどはアキラの驚く番だった。
最近ヒカルが泊まりに来ることはなかったのに、なぜ?
どこに泊まって何をしていたのか…?
思い過ごしかもしれないが、苦い感情がよぎる。

「それより塔矢、オマエもう大丈夫なの?」
「なにが」
「具合悪いんじゃなかったのか?」
「――キミに目の前で倒れられたら、そんなのどうだって良くなっちゃうよ」
そうだ。ヒカルが倒れるまでは、なんか身体が重くて気持ち悪かったのに
すっかり忘れてしまっていた。
「そっか。じゃ、平気だよな。今日はオレもう帰るけど、早く寝ろよ」
ヒカルは部屋の隅に転がしていたリュックに手を伸ばした。
「え、ちょっ、待って、もう?」
「うん、今日は家で夕飯食べるって約束しちゃったし、もう帰んなきゃ」
「それなら、ボクから電話してうまく言っておくから…、ちょっと待ってて」


(10)
「―――はい、はい、それじゃぁ、ひとまず進藤君はうちで
お預かりしていますから、……」

アキラは電話を掛け、あっという間にヒカルの母を言いくるめている。
しかも、母はアキラを自宅に招待してまでいるようだ。
傍らでその様子を聞きながら、その言い回しの見事さに
ヒカルはただ、驚きあきれるほかなかった。

「さ、これで今日は家に泊まっても大丈夫だよ」
電話を切ったアキラは、これ以上ないほど嬉しそうに微笑みかけてきた。
「オマエ、悪党………」
「何で?」
少しむっとしながら、アキラは言い訳をし始めた。
「それを言うなら、自分に正直、と言って欲しいね。
別に嘘をついたわけでもないし、ただ、キミのお母さんが
ボクの希望を喜んで叶えたくなるように説得しただけのことだよ。そうだろ?」
確かに、アキラは電話で事実を説明したに過ぎなかった。
それは間違いない。ただ、自分に都合の良いように並べただけだ。
良い子のふりして身勝手極まりないのは、以前から薄々感じてはいたが
こうまでとは思ってもみなかった。
「お風呂入っておいでよ。さっぱりしてから一緒に少し眠ろう?」
今のヒカルには、その誘いを断る理由を見つけることは出来なかった。



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