初詣妄想 6 - 10


(6)
初詣に明治神宮を選んだのは、成功だったかもしれない。
三が日も過ぎ、しかも午後となれば空いているかと思ったが、
参道は人で埋め尽くされていた。
「アキラたん、随分混んでるから、はぐれないように気を付けなきゃ…」
そう言って俺が手を伸ばすと、アキラたんはその手をしっかりと握ってくれた。
アキラたんの手は、手袋越しでもほっそりとしていて、でも温かだった。
「なんか今日暑いし、手袋脱ごうかな……」
アキラたんのその言葉の意味することは、俺にもすぐに分かった。
「そうだな。確かに、今日はあったかいし、手袋なんか要らないな」
そう返事をすると俺も手袋を脱いで、再びアキラたんの手を握った。
アキラたんの手がしっかりと力強く握り返してくれている。
しかも、アキラたんの笑顔付き。それだけで俺は、頭の中が真っ白に爆発しそうだった。
普段なら人目を気にせざるを得ないその行為も、こんな場所でなら何の抵抗もない。
俺達は、はぐれないように、という名目で、ずっと手を繋いでいた。

「そうだ、アキラたん。昨日はどうだった?」
昨日、1月3日は塔矢門下の新年会だというので、初詣デートは1日お預けだったのだ。
だが、アキラたんは言葉を探しているようだ。この話題はちょっと唐突だったろうか。
 
 


(7)
新年会は、アキラたち家族3人と、門下生が緒方、芦原を初めとする数人、
市河、そして棋院の職員が数名で、例年、大体10人ぐらいだろうか。
新年会と言っても、打ち初めということで軽く打って、後は無礼講だ。
和室を二間使ってテーブルを広げ、おせちを並べる。
お重は明子がデパートにお願いしておいたもので、
後は当日、明子と市河が用意している。
市河は、配膳と餅焼きを担当するが、餅もあっという間に無くなってしまうから
結構大変で、結局、飲み物を運んだり料理を運んだりと言ったようなことは、
アキラが手伝う事になっていた。
前は芦原が手伝っていたのだが、酒が飲めるようになってから、
極度の笑い上戸であることが発覚したため
――ちょっとアルコールが入ると笑い袋みたいになってしまって、
本当にずっと笑い転げているので、包丁は持たせられないし、
火をみていてもらうにも危険そうなので――今ではアキラがその役を担っている。
 
 


(8)
昨日の主な話題は、緒方とアキラの新年の抱負、そして何より、
行洋の海外での活動についてと言ったようなところだった。
棋院の職員も、門下生も、みんなで行洋を囲んで話をねだり、
また行洋はそのどんな要求にも応えて色々な話をし、
その話題に尽きることはなかった。
芦原は、いつものことではあるのだが、まじめな話の一つ一つにも
いちいち細かく拾っては絡み、指さしながら笑い続ける。
それがあまりに酷いので、行洋から窘められるのだが、
芦原は「すみません、先生」と口では謝りながら、その自分の言葉にすら
笑い転げてしまうので、結局は呆れられ、放っておかれてしまう。
今回もまた、その通りだった。
緒方は、新しくタイトルを取った自分よりも、引退した行洋が話題を攫っているのが
面白くないようで、普段はあまり日本酒は飲まないにもかかわらず、
一升瓶を抱え込んで一人でがぶがぶと升酒を飲み続けてはアキラを捕まえ、
ぶつぶつと何かを呟いていた。
門下生はたいがい泊まっていく習わしだが、アキラが家を出るまで
緒方が起きた形跡はなかった。かなり飲んでいたし、
たぶん二日酔いで起きれないでいたのだろうとアキラは思っていた。
 
 


(9)
「へぇ……、大変なんだね?アキラたん、お疲れ様」
俺はアキラたんが甲斐甲斐しく酒や料理を運ぶ姿を想像しながら、
首をぺこりと下げてみせた。
「いや、そんなことないよ。確かに忙しいけど、面白いよ。
 特に芦原さんなんか見てると…」
アキラたんはにっこりと俺に笑いかけてくる。
まあ確かに、人間笑い袋を見てたら面白いかもしれないけど…
アキラたん、なんて偉いんだ!ぎゅうっと抱き締めたくなってきちゃうじゃないか!
「アキラたん、それ、毎年なんだよね?毎年そんな感じなの?」
「うーん、いつもだと緒方さんが結婚しないのかってみんなから言われて
 水割り片手にやさぐれてる位だから…今年はちょっと雰囲気違ったかな」
そういえば、緒方さんは何で今年水割りじゃなくて日本酒だったんだろう?と
これまでを振り返りながら、アキラはぼんやりと考えていた。

参道が混みあっていたせいで、進みも大分遅かった。しかも、どれだけ歩いたら
本殿に辿り着くのだろう?既に30分以上経っていると思うし、もう1km位は
歩いたんじゃないかと思うけど、それでも前も後ろも人の頭で埋め尽くされている。
黒山の人だかり、の「黒山」って、この、人の頭の事を言うんだろうか、
と全然違うことを思いながら、俺は右手でポケットを探った。
 
 


(10)
「アキラたん、随分進みが遅いね?もう1時半だよ…」
俺は懐中時計をぱちんと閉じて、またポケットに突っ込んだ。
「うん、お昼食べてきて良かっ………あれ?それ…?」
「なに?どうしたの?」
ついつい頬が緩む俺に、アキラたんは頬を薔薇色に染め、目を輝かせて言った。
「それ、もしかして……ボクがプレゼントしたのじゃなかった?」
その通り。アキラたんがクリスマスに俺にくれた、趣味の良い銀色の懐中時計が
俺の右ポケットの中に入っている。
アキラたんの前でプレゼントを開けることは出来なかったけど、
貰って帰ったその日の昼休みにこっそり開けて以来、俺の時間はこいつが紡いでいる。
毎日持ち続けて、やっと時間が気になるときにも手首を覗かなくなった自分が
なんだか誇らしい。ってちょっと違うけど。
「そうだよ。アキラたん、ありがとう。これ、すごく気に入ってて、
 毎日持って歩いてるんだ。懐中時計って格好いいよね」
そう?そう?そう?とアキラたんはいつになくはしゃいでいる。
アキラたんらしくないといえばその通りだけど、アキラたんの年齢から考えたら
ごく普通の反応だ。普段は決して見せない、その子供らしい反応が嬉しくて
俺もにこにことアキラたんを見つめた。
「アキラたん、それより新年会の話、もっと聞かせてよ」
 
 



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