第162局補完 6 - 10


(6)

「塔矢、オレ、予選、絶対勝つからさ。
絶対勝って選手になってオマエの隣に立つから。
だから待ってて。」

「オレが不甲斐なくてオマエを安心させられないかもしれないけど、でも、オレ、絶対やるから、
だから待ってて。オレの事、見ていて。」
「何を、図々しいことを、キミなんか、」
悔しい。
すごく悔しい。
怒ってたはずなのに、こんな事を言われて、こんな風に抱きしめられて、さっきまでの怒りが霧散
してしまうなんて、この腕が心地良いと思ってしまうなんて、悔しい。
それなのに、宥めるように髪を梳かれて、見つめられると、その後に来るものを期待してしまう。
それなのに。
「塔矢…塔矢、キスしていい?」
どうして今日に限ってわざわざそんな事を聞いてきたりするんだ。
嫌だって言ったらやめるのか。なんて無神経な奴なんだ。
「……いつも、そんな事聞いたりしないで勝手にするくせに。」
「ダメ?」
答えることができなくて、アキラは視線を斜め下に彷徨わせた。


(7)

けれどそのままヒカルが動きもしないので不安になって見上げると、ヒカルが優しげな笑みを
浮かべて自分を見つめていたので、見る間に頬に血が上ってしまった。
慌てて目を逸らして顔を背けようとしたのを、ヒカルの手に阻まれた。
「塔矢、」
逃げようとするアキラの身体をヒカルが更に引き寄せる。
悔しい。
悔しくて涙が滲みそうになる。
まるでこれじゃボクが待ってるみたいじゃないか。
ずるい。卑怯だ。なんてずるい男なんだ、キミは。
いっつもそうやってボクを翻弄して、待たせるだけ待たせて。

そうしてやっと触れてきたヒカルの唇を、震えそうになりながら味わった。
何度しても慣れることができない。
そのたびに眩暈がする。頭の芯が痺れたように感じる。胸が締め付けられるように痛み、鼓動
は高く、早くなる。
柔らかな唇の感触も、触れ合う肌の熱さも、「塔矢、」と呼ぶ、いつもとは違う、低く響く声も、いつ
までたっても慣れることができない。
けれどそれは居心地の悪いものではなく、むしろ逆に眩暈がするほどの陶酔感にで、だからそれ
に慣れることはできないのに、もっと欲しいと思ってしまう。
理由なんてわからない。
どうしてそれが欲しいのかなんて。
どうしてもっともっと触れ合っていたいと思うのかなんて。
もっと深く、もっと奥まで、彼に触れたいと、彼を感じたいと思ってしまうのかなんて。
「塔矢…」
わからない。自分の名を呼ぶこの声が、どうしてこんなに心地良いのかなんて。
理由なんてわからない。
どうして自分が今、泣いているのかなんて。


(8)

そっとアキラを抱きかかえながらヒカルは耳元で囁く。
「塔矢……オレの事、好き…?」
応えないアキラに、ヒカルはもう一度耳の付け根にキスを落としながら、ねだるように彼の名を呼ぶ。
「ねえ、塔矢、」
「……好きじゃない。」
アキラは目を開けて、ヒカルを見上げて言う。
「好きじゃない。キミなんか。
好きじゃない。嫌いだ。大っ嫌いだ。」
そう言いながら乱暴にヒカルの髪を掴む。
「好きなもんか、キミなんて。」
そして髪を掴んで引き寄せ、唇を合わせる。
「…と……」
言いかけたヒカルを遮るように、ヒカルを睨みながら言う。
「キミなんか好きじゃない。
ボクは、ボクはただ、キミと碁が打てればよかったんだ。それだけでよかったんだ。
それなのに、」
また強く髪を引っ張られて、ヒカルは小さく声をあげた。けれどアキラはそれに構わずに続ける。
「打つだけじゃ足らないなんて、そんな事、思うはずないんだ。
もっと色々話をしたいとか、ただ一緒にいたいとか、そんな事、思うはず、ないんだ。
もっとよくキミを知りたいとか、キミの全部が知りたいとか、キミとキスするのが気持ちいいとか、
こうして抱き合ってるのが好きだとか、そんな事、思うはずないんだ。」


(9)

ヒカルから視線を逸らし、ヒカルの肩に頭をぶつけた。
よろけそうになったヒカルは咄嗟に手すりに掴まった。
「思うはず、ない。
そんなのはウソだ。何かの錯覚だ。気のせいなんだ。
ボクは、ボクはそんなの要らない。
欲しいのは碁打ちとしてのキミだけだ。
それだけなんだ。それ以外のキミなんて、要らない。要らないはずなんだ。」
遣り切れない思いを晴らすように拳をヒカルの胸に打ちつける。
「キミより強い碁打ちなんていっぱいいる。
キミじゃなくたっていいはずなんだ。
キミじゃなきゃダメだなんて、キミがいなかったら誰と打っていても楽しくないなんて、そんなはず、
ない。どんなに強い、手強い相手と打っていても、どんなに興奮するような勝負を戦っていても、
それでもキミの事を考えてしまうなんて、そんなはずないんだ。」
もう一度、強くヒカルの胸を打ってから、アキラは顔をあげてヒカルを見た。
「進藤、」
黒く濡れる瞳に見つめられて、ヒカルは言葉を返すことができない。
アキラの腕が伸びてヒカルの首に絡まる。有無を言わせずアキラの唇がヒカルの唇を覆い、熱く
柔らかな舌が侵入してくる。荒々しく乱暴に、アキラはヒカルの口内を探り、絡めとり、吸い上げる。
その激しさに、ヒカルはそれを受け止めるしかできない。
酸素を求めるように僅かに唇が離れた隙に、アキラの唇がヒカルの名を呼んだ。
「進藤……」
熱く掠れた甘いアキラの声に、ヒカルはアキラの身体を抱きしめた。強く、強く抱きしめながら、また、
唇を重ねると、首に絡まる腕に、更に力がこめられたのを感じた。


(10)

けれどどれ程強く抱き合っていても、一つになれるわけじゃない。
それでもいつかは唇が離れてゆき、ゆっくりと目を開けた二人の視線がそこで絡まった。
アキラはヒカルの存在を確かめるようにヒカルの頬に触れ、両手で顔を挟み込むようにしてじっと
ヒカルを見つめる。
潤んだ瞳に、切なげにひそめられた眉に、紅く濡れた唇に、胸が締め付けられる。
見つめるうちに湧き上がってきた涙がアキラの頬を零れ落ちるのと同時に、唇から言葉が零れた。
「ボクは………ボクは、キミなんか好きじゃない……」
そして涙を振り落とすように目を閉じてヒカルの顔をもう一度引き寄せ、今度はそっと、唇を重ねた。
そんなアキラを抱きすくめようとするヒカルを、けれどアキラは押しとどめた。
「…塔矢……?」
するりとヒカルの腕の中から逃れ出ると、アキラはヒカルに背を向けて、階段を降りようとした。
「塔矢?」
後ろからかけられた声に立ち止まって、けれど振り返らずに応える。
「……帰る。」
そうしてまたトントンと階段を降りていく。
後を追ってヒカルが降りてくる気配を聞きつけて、アキラが言った。
「ついて来るな。」
言いながら足を速める。つられるようにヒカルも足を速める。
その足音を聞きとがめるように振り返ってアキラは言った。
「ついて来るなって言ったろう…!」
「塔矢!」
思わず立ち竦んでしまったヒカルを置いて、アキラは静かに階段を降りていく。
そうして踊り場まで降りて立ち止まったアキラはポツリと言葉をこぼす。
「………嘘つき。」



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル