偽り 6 - 10


(6)
緒方は、久しぶりに棋院に来ていた。
ふと、今日アキラが手合いだったことを思いだし、いるなら
一緒に帰ろうと思ったが、もう先に帰ってしまったらしい。
「熱帯魚のエサでも買って帰るか」
緒方はそのまま駐車場へ向かった。


(7)
あ、そのことか・・・。ま、確かに行くところはあったけど。
進藤のちょっとした気遣いにボクはなんだか嬉しかった。
「大丈夫、たいしたことない用事だったから」
そう、緒方さんとは別に会う約束をしていたわけではない。
いつもは自分が会いたいときに前の日でも約束を取り付けるから。
いきなり訪ねてもいないかもしれない。
でも、相談したいことがあったから・・・。
そこまで云って思考を停止する。
気にしなくていいというと進藤はホッとしたようだった。
強引に誘ったとして、どうやら気にしていたらしい彼は嬉しそうに
コーヒーカップを口に運んだ。
あの沈黙は、彼なりの想うところの態度だったらしい。ちょっと驚いた。
昔のキミだったら、そうした気遣いの言葉は出なかっただろう。
それだけキミは成長したってことかな。
ボクがにこにこ笑みを浮かべるので、進藤はわからないといった様子で
なんだよと訊いてきた。
「いや、キミも他人を気遣えるようになったんだなってちょっと
感動したんだよ」
「なんだよーそれ!?ひでえの〜」進藤はぷうと頬をふくませて、笑った。
ボクも笑った。なんだか15年前に戻ったみたいで懐かしくて嬉しかった。
あの時まで、ボク達はいつも一緒だったね。
進藤・・・。


(8)
「緒方さん」
緒方が車に乗り込もうとドアをあけた時、背後から
誰かに声をかけられた。
この声は同じ門下生の・・・
「なんだ芦原か・・・」声の主にため息混じりの声を発すると
芦原は、どういう意味ですか〜とあまり年齢にふさわしくない
すっとんきょな声を出して顔をへの字にした。
だが、すぐに笑顔になり”今日は棋院になにか用で?”と訊いてきたので、
こいつあいかわらずな天然野郎だと思いつつ、野暮用だよと答えた。
「そういうおまえは?手合いだったようだな」
「ええ」と芦原は、苦笑いで跋の悪そうな顔をした。
「勝ったのか?」オレは、芦原のそのしくさで勝敗をあらかじめ
想像出来たが、困らせてやろうかと意地の悪い考えが浮かんだ為、
わざと訊いた。
「はは、それが相手が進藤くんで、中押で負けました。」
ふーん、進藤か・・・。最近調子が悪いと訊いていたが、
芦原には勝てるようだな。
彼は勝ちはするものの、以前では考えられない失着を何度となく冒して
周りの騎士達に調子がいまいち、もしかするとスランプかと噂されていた。
オレは進藤の調子が悪い原因を知っている・・・。
そう、アキラでさえ知らない・・・。


(9)
「彼はさすがに強くて・・・」芦原の言葉を制すようにオレは、云った。
「そんなことじゃ同じ門下としてはずかしいな、少しは粘ったらどうだ?」
ふふんと嫌味まじりのセリフを芦原に発すると、さすがの芦原もむっとした
ようだった。
「緒方さんだって、人の事がいえますか?」
「進藤くんにタイトルはもっていかれるわ、挑戦権は奪われるわ」
そのセリフにオレは一気に顔がゆがんだ。その話題は触れられたくなかった。
あの頃の進藤は、塔矢アキラと共に波に乗って囲碁界で快挙をなしていた。
お互いが切磋琢磨し合い、強力な存在になっていった。
若手棋士の1位と2位に君臨していたといって良いだろう。
つい10年前だ進藤に自分が敗れたのは・・・。自分の敗着。
彼は次々とリーグ入りを果たし、オレやその他の年輩棋士達を翻弄していった。
アキラくんのあの事件がなければ、あの快挙のまま進んでいれば現在彼は
本因坊だったろう。本因坊に拘ってた進藤。
現在、本因坊予選・・不調をひた隠しにして危うい連勝を続ける彼を、
アキラが複雑な面持ちで見ていたのをオレは知っている。
その時は、自分のどす黒い感情のままアキラに対してひどく乱暴な行為を
行った。
オレが険しい顔をしたので、芦原はしまったとばかりに口を積むんだ。
どうやらオレの地雷を踏んでしまったことにようやく気づいたのであろうか。
これだから天然は・・・。
「それじゃ、緒方さん」
そそくさと後にしようとする芦原を捕まえ、オレはずっとたまっていた鬱憤を
今こそこの芦原ではらそうと嫌がる彼をなじみの棋院近くの喫茶店へ
引きずるように連れていった。
おまえにはいつか云おうと思ってたんだ。

オレを怒らせた報いを受けさせてやるぞ、芦原・・・。
芦原の腕を自慢の腕力で逃れないように力強く引っぱって
信号を渡ると喫茶店が見えた。
だが、まさかそこにアキラと進藤ヒカルがいるとは、
その時のオレは思いもしなかった。


(10)
「こうしてお互いが向かい合ってしゃべるのって久しぶりだな」
コーヒーカップを見つめながら、ヒカルはつぶやいた。塔矢も同意したらしく、
目元をゆるめ、手にしたコーヒーカップを見つめる。
こうしていると15才の頃から1年近くまで、ずっと彼と一緒だったことを
思い出す。あの対局から和解しあい、塔矢のとこの囲碁サロンで対局したり
自分のなじみになる河合さんの碁会所でも打ったり、棋譜の検討したり・・・。
約束し合うこともあるが、大概塔矢が自分を待っていてくれた。
本当、楽しかったよな。ずっと一緒に歩いていくと思ったよ。
今じゃ塔矢とはまるっきり、疎遠になってしまった。
棋院で会えるけど、個人的に付き合うことがなくなったのだ。
いつも打ってた塔矢の親父の塔矢先生の碁会所にも自然と足が運ばなくなった。
まあ、公式で対局は出来るけどプライベートでもやりたいよな。前のように。
しかし一体どうして、ここまでこうなったのかヒカルは考えていた。
なにかあったっけ?えーと・・・あ!!
そうだ、あの事件からだ。あれから塔矢が・・・
「進藤」
アキラがいぶかしげにヒカルの顔を覗いた。
急に黙ってしゃべらなくなったヒカルを心配するように。



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