カルピス・パーティー 6 - 10
(6)
「待て、進藤。コップをこんなに使うのか?」
手渡された使い捨てコップの数を数えてみてアキラが言った。
「エ?だって6本とも種類が違うんだから、全部味見するのに同じコップ使ったら
味が混ざっちゃうだろ」
「それはそうだが・・・何だか勿体ないな。進藤、普通のコップで飲まないか?もしキミが
後片付けが面倒なら、ボクが洗うから」
「えー?ウーン・・・ヤダ」
言ってから、しまったと思った。アキラの美しい眦が見る見る吊り上がり、厳しい視線が
ヒカルを真っ直ぐに捉える。
(ヤベッ。始まる)
「進藤。何故キミは、いつもそう――」
「あー、違う違う、メンドーだからとかじゃなくて!・・・こっちにあんまり食器置いて
ねェんだよ。茶碗とか全部足しても数足りねェし、別の種類飲むたびにいちいち洗って
使うってものめんど・・・じゃなくて、どうせなら全部並べて味比べしてみたいしさ」
「なるほど」
アキラがあっさり納得したので、ヒカルはカクッと拍子抜けしてしまった。
「そういうことなら、ボクとしてもこのコップを使うのに異論はない。・・・でもやっぱり、
少し勿体ない気がするな・・・」
呟きながら思いつめたように手の中のコップを凝視しているアキラを見て、ヒカルは
頭を掻いた。
(相変わらずなんてゆーか・・・細かいこと気にするヤツだなぁ・・・)
「あ、そうだ!それじゃ、」
(7)
突然閃いたアイデアを口にしかけて、ヒカルは黙り込んでしまった。
いいアイデアだと思う。
が、これを断られたらかなりショックかもしれない。
「何?進藤」
アキラが顔を上げた。コップを手にしたまま、その眉間に憂わしげな皴が寄っている。
それを見て、ヒカルは覚悟を決め提案した。
「・・・あのさー、オレとオマエで一緒のコップ使うか?それなら半分の数で済むだろ」
アキラは一瞬驚いた顔をしたが、やがて両手でコップをきゅっと握りしめニッコリと頷いた。
「あ、これ美味しいよ、進藤。ピーチ味」
「そうか?こっちも飲めよ。オレンジ。オレはこれが一番好きかな」
何度もコップを往復させながら、6種類のカルピスを堪能した。
ミネラルウォーターで割ったカルピスは滑らかに喉の奥へと滑り落ちて行くが、
飲み続けて行くうち次第に舌と喉に粘りつくようないがらっぽさが溜まる。
舌で口蓋を撫でながら軽く咳払いしているとアキラもまた口の中が気になる様子で、
喉を軽く押さえながら音を出さずに薄い喉仏のあたりを小さく動かしていた。
・・・アキラの口の中も今、自分と同じに粘りつくような感覚に襲われているのだろうか。
カルピスの氷に冷やされて普段より赤く見える艶やかな唇の、その向こうに隠されて
見えないアキラの舌や口腔全体が今どんな動きをしているのか。
それを想像しただけでゾクッと興奮が走る。
なんだか今すぐ、その氷で冷えた赤い冷たい唇に自分の唇を押し当てたい。
甘酸っぱく粘りつく互いの唾液で喉を潤しあいたい。
「なあ、塔矢ぁ――」
「え?あっ。すっすまない、進藤」
名前を呼ばれた拍子に下ろしたアキラの手が壜の一本に当たり、テーブルの上と、
倒れないよう慌てて支えたアキラの手に、白い原液が飛び散った。
(8)
「すまない、進藤。お布巾か何か・・・」
言いかけたアキラの肘を、ヒカルがすかさず捉えた。
「・・・進藤?・・・あ、ダメだよ。垂れる・・・っ」
ほっそりと形の良いアキラの手からトロリとした乳白色の液体が手首へ、そして腕へと
透きとおるような皮膚を伝ってゆっくり落ちていく。
それを見たヒカルの全身にゾクゾクッと震えが走り、次の瞬間ヒカルはその震えに
追い立てられるように白いカルピスにまみれたアキラの掌に吸いついていた。
アキラが小さく息を呑んだ。
捉えられた手首を捻って逃れようとし、やめろとか向こうで洗ってくるからとか、
何かごちゃごちゃ言っている。言うことを聞かない手はまるでぴちぴちと跳ねて
人間から逃げる魚のようだ。
それをしっかりと押さえつけながら、ヒカルは甘酸っぱい液体にまみれたアキラの手を
自らの舌と唇で丹念に愛撫した。
指を一本一本口に含んで吸い、掌の窪みに溜まった白い液を立てた舌先で散らかし、
薄い手首の内側を腱に沿ってぴちゃぴちゃ優しく舐めてやる。
そうしてアキラの手がカルピスの代わりにヒカルの唾液にたっぷりとまみれる頃には、
形良い手は痺れたように力を失い、アキラの抗議の声もぱったりと途絶えていた。
ヒカルはちらりとアキラの顔を見た。
アキラは切なげに目を閉じ頬をうっすら上気させて、震える呼吸をなんとか宥めようと
するように口を小さくぱくぱくさせている。
頬と同じ色に上気した皮膚の薄い喉がトクトクと忙しなく脈打っているのは、服に隠れて
見えないその胸がもう早鐘を打っている証拠だ。
そんなアキラを眺めながら舌先で掌の窪みをもう一度ぐりっと抉るように舐めてやると、
艶やかな赤い唇があ、という形に開いて、声無き喘ぎが恍惚と洩れた。
(9)
そこでヒカルは愛撫を止め、視線だけをアキラに注いだ。
ややあって、続きが与えられないことに気づいたアキラが漸く半分ほど目を開いた。
「・・・・・・?・・・・・・」
「気持ちよかったか?」
ヒカルはちゅぱっとキスするようにアキラの中指の先を吸ってみせ、にこっと笑った。
アキラはまだ快楽の余韻から抜け切らないような表情でぼんやりと手首をヒカルに預けて
いたが、見る間に目に意識の光が戻り、それと同時に端正な顔がまた朝焼けの空のように
赤く染まった。
「・・・・・・っ!」
ブンとアキラが手を振りほどく。
「わっ。危ないなぁ、また壜倒しちゃうぜ?」
「知るかっ!洗えば済むことなのに、何故キミにあんなことをされなきゃならない?」
「え?いや、ホラさあ、水で流すのもったいないと思って。結構量あったし、流す前に
オレに舐められたほうがカルピスにとっても幸せだろ?他に理由なんてないぜ?」
咄嗟に思いついただけの出まかせだった。
が、アキラは小さく「・・・そうなのか」と呟いて、ショックを受けたように黙り込み
俯いてしまった。
そんなアキラの反応を、恥ずかしがっているのだろうとヒカルは思った。
ヒカルは他意なく手を舐めただけなのに、自分一人で先走って喘いでしまったと思うと
恥ずかしいのだろう。
(でも、カルピス舐めるだけならあんなしつこく舐めるかよ。・・・ちょっとはオレを疑えよな)
心の中でペロッと舌を出しながら、ヒカルはアキラの顎に手をやり、上向かせた。
(10)
(あれ?塔矢、ちょっと顔青い?)
先ほどまで朝焼けの空のように綺麗な赤い色に染まっていた頬の、血の気が失せていた。
いつもなら凶暴なくらい真っ直ぐにヒカルを捉え追いかけてくる黒い瞳も、戸惑った
ようにつと横に逸らされてしまう。
(・・・そんなに気にしてんのかなぁ)
悪いと思うよりも、あの塔矢アキラが自分の言葉にはこんなに素直に反応するのだと
思うと面白くて、いとおしかった。
上向かせたアキラの無防備な唇に、ヒカルはそっとキスをした。
もう一度自分のために赤く染まるアキラを見たいと思った。
だがアキラは相変わらず青ざめた顔のままで、自分の唇に触れているヒカルの顔を
静かに押しのけた。
「塔矢?」
「すまない、進藤。ボクは・・・今日は、もう帰るよ」
今度は戸惑ったのはヒカルのほうだった。冗談じゃない。
「ま、待てよ塔矢。久しぶりに来たんだからゆっくりしてったらいいだろ。・・・座れよ。
そしたら、そしたらさあ、・・・もっと気持ちよくしてやるぜ?」
アキラの頬がさあっと赤く染まった。
ああ、その色だ、塔矢。
ヒカルは懸命に言葉を続けた。
「それにオレだって、オマエがあんなエロい顔するからなんかムラムラしてきちゃって、
このまんまじゃ収まらねェよ。・・・責任取ってけよな!」
部屋にはもう、カルピスの甘酸っぱい匂いが充満している。
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