少年王の愉しみ 6 - 10
(6)
「そもそもさ、この台本からして気に入らないよ。
腹が立つのも当たり前だろう?誰が自分の恋人の寝姿を全国に晒したいよ?」
「でも…だって、それは、仕方がないじゃないか、台本が…」
「そうだよ!まず、この台本が問題なんだよ!
だいたい、何考えてるんだよ、脚本家は?ホントにこれが必要なシーンなのかよ?
要はさ、おまえのオヤジが真夜中に碁盤に向かってるって絵があればいいんだろ?
それなのにさ、何も、おまえが寝てる所から始めなくたっていいじゃないか!」
レッドの怒りに若干戸惑いながらも、彼が何だかヤキモチを妬いてるふうなのが、そして自分の
事を『恋人』とはっきり言ったのが嬉しくて、彼の不機嫌は気にならないではないが、何だかいい
気分で、笑みがこぼれそうだった。
「やなんだよ、おまえのそんな姿を人目に晒すのが…!」
そう言いながら、レッドは少年王の細い身体を引き寄せて、抱きしめた。
「おまえはオレのものだ…誰にも見せたくなんかない…」
「え?ちょ、ちょっと待って…」
だがおざなりな抵抗などものともせず、彼の唇は唇をかすめたかと思うと、耳たぶを軽く噛む。
そして耳元から首筋へ舌を這わせながら、彼の手はパジャマのボタンを一つずつ外していく。
「ダメ…まだ、撮影終わってな………あ……ん…」
するり、と肩からパジャマを滑らせると、白い肩から胸があらわになる。
彼はそこへ唇を寄せながら囁いた。
「大丈夫、見えるところには痕は付けないから…」
囁き声が熱い息となって少年の胸をかすめた。その僅かな刺激に少年の身体はぴくりと震えた。
「や……ダメ……」
(7)
頬を紅潮させ、ハァハァと荒い息をつきながら、責めるような表情で少年王は彼の恋人を見た。
見せたくないとか言いながら、こんなで皆の前に出てけって言うのか?レッドは…!
「塔矢さーん、そろそろいいですかぁー?」
時間だ。仕方がない。ムッとした表情で少年王を見るレッドの頬に、王は軽くくちづけして、言った。
「大丈夫、次こそは一発でキメて見せるから…」
演出家に呼ばれて、少年王は再度、取り直しのシーンについての打ち合わせをした。
レッドが苛ついたような目でこちらを見ているのを感じる。
仕方がないだろう、台本がこうなってる以上はさ。少年王は心の中で少しだけ文句を言った。
なにさ、キミだって今まで、公衆の面前で着替えたり、水に濡れたり、ハラ出してみたり、そんな
姿を晒してきたくせに。
「…それでね、塔矢くん、…塔矢くん、聞いてる?」
「あ、は、はい、済みません。」
「ここの『あ…』の所ね、ここでちょっと寝返り打って、それからうっすら目を開けるカンジ。
それだと不自然さがなくなるかなあ、と…」
そこまでしながら、こうも細かくシナリオの一言一句に従う必要なんてあるんだろうか。
少年王は先程レッドが言った"必然性がないよ!"という言葉を思い出して、少し苦々しい気分に
なった。けれど、言葉では素直に、「わかりました、やって見ます。」と答えた。
常に礼儀正しく、丁寧に振舞うのが少年王としての当然の嗜みなのである。
「じゃ、行こうか!」
演出家の声が現場に響いた。
照明が落とされる。
カシーン、と、スタジオ内に撮影開始を告げる音が響いた。
(8)
「……ん」
静まり返ったスタジオに少年王―いや、塔矢アキラの、微かな声が響く。
「あ…」
寝返りを打ち、小さく目を開ける。
枕の上に黒髪が乱れる。
―今 何時だろう…
その艶っぽい声と表情に、その場にいる誰もが、息を飲みながら魅せられたように見つめていた。
―目…… 覚めちゃったな
小さく呟きながら、彼はしどけなく起き上がる。
―夜中に目が覚めることなんてあまりないのに…
半身を起こした塔矢アキラは、髪を梳きながら、軽く息をついた。
その仕草に、ほうっ、と溜息をつく者がいた。
―お水を一杯飲んで来ようか
立ち上がろうとする場面を、カメラはなぜか下半身を切り取る。カメラマンの息がハァハァと荒くなっている
が、それは先ほどからずっとなので今更気にするものは誰もいない。と言うより、その場にいる誰もが
似たり寄ったりの状態であった。
纏わりつくような視線など露ほども感じずに塔矢アキラは静かに立ち上がり、襖に手をかける。
そしてすっと襖を開け、部屋を出て行こうと足を踏み出し――そこで、少年王はぴたりと動きを止めた。
そして、くるりと振り向くと、演出家に向かって嫣然と微笑みかけた。
「今のでよろしかったですか。」
「う、うん、よかったよ。OK、OK…」
少年王の悠然たる笑みに飲まれた演出家はついに「OK」を口にしてしまった。
まあいいか、少年王のお宝映像はもう充分に撮れたしね…それにまだまだパジャマシーンは続くん
だし、うん、それじゃ次は廊下を歩く裸足の足元を捉えて…
「えーと、じゃあ、次は廊下から歩いていって、行洋先生の部屋を覗くシーンまでね…」
実は足フェチの演出家は次のシーンの映像を頭の中で練りながらそんな事を言った。
(9)
数日後である。
いつものように、イゴレッドは早刷りの原稿を手に、少年王の城を訪ねた。
「へーえ、今回の扉は中々イイ出来じゃないか?」
「だよな。カッコイイよな、コレ。」
「うん。ライティングがイイね。」
どっかで見たような構図だけど…まあ、いいか。
ボクとレッドのツーショットだしね。心持ち、彼がボクを見上げているふうなのが、またいい。
そんな風に少年王が悦に言っていると、レッドが彼をせかすように言った。
「それよりもさ、おまえ、自分の出番が無いところは撮影も見てないんだろ?」
何か面白いものを見せびらかしてしょうがない、そんな言い方だった。
「うん。……どうかしたの、レッド?」
「いや、見てみればわかるって…」
少年王が頁をめくるのを、レッドはにやにや笑いながら見ていた。
そして、予想通り、その頁で少年王の手が止まった。
彼の身体が、一瞬、硬直したかに見えた
もしかして、これを冗談ととらえてからかうのはまずかったのかもしれない。
何と言っても彼は少年王の一番の側近なのだから…。
少年王の身体がふるふると震えている。
「おい、アキラ…」
と、レッドが心配そうに彼の肩に手をかけると、
「な、な、なんなんだー!この顔はー!!!」
ついに大声をあげて少年王は笑い出した。
つられて、レッドも笑い出した。いや、その前からずっと笑いたいのをこらえていたのだ。
二人の笑い声は城内に大きく響いた。
「ど、どうしちゃったんだ…オガタンは…」
「な、な、コエーだろ?」
「うん、コ、コワイ…」
(10)
「王よ、バカ笑いもいい加減にして頂きたいですな…」
彼らの笑いの原因も知らずに大仰な言い方で部屋に入ってきたオガタンは、もはや笑い転げる
少年たちの餌食でしかなかった。
「ね、ね、コレ、見た?今週の掲載分。」
笑いを抑えきれずに腹を抱えながら、レッドがオガタンに問題の頁を突きつけた。
そのカットを目にしたオガタンの身体が硬直した。勿論、爆笑を堪えるためでない事は言うまでもない。
その緊迫した様子を、少年たちは必死に笑いをこらえながら見守っていた。
そうして、やっと動けるようになったオガタンは、ぐわしっと原稿を憎憎しげに掴んだ。
「ダメだよ…オガタン、そんなくしゃくしゃにしちゃ…」
笑いながら原稿を取り戻そうとする少年王の手を、オガタンの手がパシッと払った。
いつもなら家臣にそんな事をされれば激昂するのが少年王の常であったが、いかんせん、今は
何よりも笑いが勝つのだ。
「ねえねえ、どーしてオガタンはそんなに桑原さんのことがキライなの?」
ケラケラ笑いながら少年王はオガタンに尋ねた。
「ちょっと嫌い方がフツーじゃないよね、」
とレッドも笑いながら言った。
「……あの…ジジイ…」
どこまでも祟りやがる…しかもこの二人ときたら……
だが二人はそんなオガタンの怒りに気付いているのかいないのか、笑いながらもこんな事を言ってきた。
「それともさあ、もしかしてそこまで嫌うってことは、はあの噂はホントなの?」
「噂って、何のこと?」
「緒方さんは桑原本因坊の愛人だって…」
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