森下よろめきLOVE 6 - 10


(6)
ものの五分とかからなかった。
喧騒がやむ頃には、七、八人の不良青年たちはすっかり畳まれて路地裏に伸びていた。
「フーッ・・・あまり手間かけさすんじゃねェ。ガキのうちから悪さしてんじゃねェよ。
悪いのは大人だけで十分だ」
森下はパンパンと両手をはたいた。
青年たちをのすのはさほど苦労しなかったが、少し息が上がっている。
――昔はこれくらい動いてもどうってことなかったんだがな。オレも年だな。
心の中で苦笑いしながら、壁際にへたり込んでいるアキラを見た。
「怪我ぁ無ェか。その・・・何もされてねェか」
アキラは言葉も失った様子でコクンと頷いた。
「ならいい。まず服を着ねェとな。ああ、いい。オレが取ってやるから座ってな」

そこら中に散らばったアキラの衣服を拾い集める。
薄汚れた街の中で浮いていた真っ白いシャツはボタンが飛んでしまっていた。
――あーあー。明子さんが丁寧にアイロン掛けたもんだろうによ。
しゃがみ込んだまま森下が黙ってパンパンと埃を払っていると、背後に人の立つ
気配がした。
ハッとして振り向くと、そこには懲りない不良青年ではなく――
アキラが立っていた。


(7)
ドクンと心臓が大きく一つ脈打った。
路地の両側の壁が尽きる細い隙間から、青い夜空に満月が浮かんでいるのが見える。
アキラはその満月を背に立っていた。
物言いたげな黒い瞳。
靴下のみを身に着けたその身体はすんなりと伸びやかで透けるように色が白く、
まだ少年とも少女ともつかないような中性的な趣を漂わせている。
それでいて形のよい臍の下方にある薄い茂みからはこの少年が確かに「男」である印が
なかなか天晴れな存在感を主張している。
その全てに思わず見入っていた自分に気づき、森下は慌てて顔を逸らした。
「ホラよ。・・・早く着な」
そちらを見ないようにしながら取りあえず拾い集めた分だけを差し出したが、
アキラは何故か受け取ろうとしない。
「ん?どうした」
振り向いた森下と目が合うと、アキラは大きな黒い瞳でじっと森下の顔を見つめ、
言葉を探すふうに何度か唇を小さく開いては閉じていたが、やがてキチンと背筋を
伸ばすと深々と頭を下げて言った。
「ありがとうございました。・・・森下先生」
「オレぁ構わねェがよ、・・・行洋や明子さんが知ったら肝を潰すだろう。
だが、まぁ説教は後だな。とにかく服を着ちまいな。これと・・・ああ、あれもそうか?」
アキラの手に無理やり衣服を押し付けてから腰を上げ、数メートル先に放置されていた
ズボンらしき物体を拾いに行く。
妙に、体の奥がざわざわする。
さっさとアキラに服を着せてしまわねばと森下は思った。


(8)
ズボンと靴は見つかったが、下穿きが見当たらない。もしかしたらアキラのいるほうに
落ちているのかもしれない。
「おい、塔矢――」
振り向いた森下は思わず声を止めた。

満月を背に、アキラは白いランニングに頭と両腕を通している最中だった。
両肘を頭の上に突き出して、顔は白い布地に隠されて、逸らされた滑らかな胸部に
花びらのような薄い色の乳首がバランスよく配置されている。
胸から下はまだ靴下一枚で僅かに脚を開いている、そのあまりに無防備な姿に
ドクンとまた一つ森下の心臓が大きく鳴った。
「え・・・あ、スミマセン。何でしょうか?」
アキラがランニングからすぽんと頭を抜いて手を離すと、白い布地がすとんと落ちて
華奢な腰骨の辺りまでを覆った。
「あ、あぁ。下穿きがこっちにはねェみてえなんだが、そっちに落ちてねェか?」
「え、そうですか。えーっと・・・?」
アキラはくるりと背を向け、右手の指で髪を耳に掛ける仕草をしながら
左手を太腿に沿わせてゆっくりと膝まで下ろしていった。
――おいおいおいおいおいおいおいおいっ!!
左手が下に下りていくのと同時に腰が屈まるので、必然的に尻がこちらに向かって
突き出されることになる。
男同士なのだから別にいいと言えばいいのだが、アキラの中性的な体つきと
白過ぎる小さな尻が森下を訳もなくどぎまぎさせた。
「・・・あっ」
尻を突き出したまま首を回して辺りを探していたアキラが声を上げた。


(9)
「あーあー、これは・・・」
「・・・・・・」
森下にのされて失神している不良の一人のポケットから、明らかにそれと分かる
白い物体が覗いていた。
スルリと引っ張り出して両手で広げてみたその物体は自身のそれに比べると
驚くほど小さくて、さっき見たアキラの華奢な腰骨と小さな尻を思い出した。
「ま、見つかって良かった。ホラよ」
渡そうとすると何故かアキラはまた手を引っ込めて受け取ろうとしない。
「すみません。ボク、それ何となく・・・穿きたくないです・・・」
確かにアキラを襲ったこの男がこの物体を持ち帰ってどうするつもりだったのかと
考えると、第三者の森下でさえ気持ちが悪くなってくる。
穿きたくないというアキラの心情も分かる気がした。
「ま、穿かなくてもいいからよ。一応持って帰んな。ホラ」
「いえ、結構です」
首を振るとアキラはさっさと元いた場所まで戻り、残りの衣服を身に着け始めた。
「そう言ったってなぁ・・・」
森下は頭を掻いた。まさかここに放置していくわけにもいかないだろう。
少し迷った後、森下はアキラの白いブリーフを小さく畳んで自分のポケットに入れた。


(10)
「さてと。とにかく、これに懲りたらもう日が落ちてからこんな所を中学生が一人で
ほっつき歩くんじゃねえぞ。これからタクシー拾ってやるから、真っ直ぐ帰れよ」
健康のためになるべく歩くよう心がけているせいもあって、自分では普段タクシーなど
滅多に使うことはなかった。が、ボタンの飛んだシャツや汚れたズボンを身に着けた
アキラをこのまま人目に晒される電車に乗せて帰らせるのは気が引けた。
家に帰ればアキラの有様を見て行洋や細君は驚くだろうが、結果的には何事も
なかったのだし、事情を聞いた行洋にアキラがきつく説教されて終わりだろう。
森下自身がアキラに説教することも考えたが、さっきアキラの裸体を見てしまってから
どうも調子がおかしい。頭の中がふわふわして、妙な気持ちだ。
他人の子供を説教するなど考えてみれば面倒臭いし、何か入り組んだ事情でもあるなら
なおのこと、アキラはこのまま帰して父親である行洋の口から注意させたほうが
よいのだと森下は自分に言い訳した。

だが、帰れと言われた途端アキラは俯いてしまった。
「どうした」
「・・・あの・・・帰らなきゃいけませんか・・・?」
真っ直ぐに切り揃えられた前髪の下から、僅かに眉根を寄せたアキラが黒い瞳で
上目遣いに森下を見上げる。
今まで見たことのない、塔矢アキラの哀願するような頼りない表情に
多少焦りを覚えながら森下は言った。
「そろそろ明子さんが美味い夕メシ作って待ってんだろう?帰ったらいいじゃねェか。
まさかこんなことのあった後で、まだ外をフラフラしようってんじゃねェだろうな」
「・・・・・・」
アキラがゆっくりゆっくりと項垂れて、その表情が見えなくなった。



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