アキラとヒカル−湯煙旅情編− 6 - 10


(6)
「塔矢、悪いな。」
成り行きで4人で食事する事になってしまった事をヒカルは詫びた。アキラと二人きりで過ごしたくて旅行に誘ったのは自分なのに・・・だが、久しぶりに会えた加賀や筒井ともゆっくり話したい。
こんな事がなければ、改めて会うこともそうそう無いかもしれないのだ。
アキラは、気にしなくていい、と言って、自分達の部屋に食事の部屋出しをしてくれるよう、フロントで頼んでくれた。
最初加賀が頼んだ時は少し渋い顔をしたのだが、アキラが申し訳なさそうに、だがきっぱりとした口調でそこを折ってお願いしたいのですが・・・と頼むと承諾してくれた。
時々思うのだが、アキラには相手に有無を言わせない神通力があるような気がする。
「広ぇ部屋だな。」
「わッ、こっちにも小さい部屋があるよ、眺めもいいねえ。お風呂場も広いなあ」
筒井ははしゃいで部屋のあちこちを探索している。
「そういえばおまえ、もう一人前なんだよな。」加賀は座椅子に仰け反り、感慨深げに煙草の煙を吐き出した。
「準特室だからな。」ヒカルは部屋を褒められたのが嬉しくてふふんと得意げになる。
「準特ってセミスウィートってことかな?普通は新婚さんが泊まったりする部屋なんだね。」
筒井の言葉にヒカルは自分の顔が少々熱くなるのを感じた。確かにアキラとの旅行を特別なものにしたくて高い部屋をわざわざ取ったヒカルだった。
アキラは2人の様子を微笑ましく眺めながらお茶を入れている。
「どうぞ。」しっかりと湯冷ましをして入れたお茶を加賀に差し出した。
「どうも・・・。」差し出された白く細長い指を加賀は見た、そしてその指の持ち主の顔を見上げた。
静かに微笑を浮かべた美しい顔。子供の頃、まるでお人形さんのようだと感じた完璧な顔立ちに少々翳りが加わり、艶っぽい印象を与えている。
見るものを捉えて離さない意志を持った黒目がちな大きな瞳、形のいい鼻、唇・・・小さくぷっくりとした唇は可憐な花びらを連想させた。
「あの・・・。」
僅かに頬を紅潮させ、アキラは静かに目を逸らした。
「おっと・・・・・・悪い。」アキラに見とれていた自分に、加賀は動揺した。


(7)
一息ついている間に食事が運ばれてきた。
「アレ、料理が違うね。」筒井が不思議そうに見比べる。
「あいすみません、それぞれお部屋によって内容が変わってきますので。」
つまりは宿泊代が高い部屋にはそれなりの料理がつくということらしい。ヒカル達の料理には蟹、海栗、伊勢海老、牛タンなどが余分に付いており、筒井達のに比べると明らかに豪華で見栄えがする。
「じゃあ、じゃんけんで決めるか。」と加賀。
「何言ってんだよ、蟹はぜってーやらねえぞ。」ヒカルは自分のお膳の前に陣取った。
「ボクのあげるよ。」アキラは料理を筒井と加賀に取り分けている。
「進藤、まだ食うなよ。」加賀の釣った岩魚も運ばれてきた。仲居が釜に火を付けて下がると加賀はなにやら紙袋から取り出した。
「ちょっ、加賀、いつの間に。」
紙袋からはビールやら日本酒やらが出てきた。
「久しぶりの再会だからな。」加賀はグラスにビールを満たした。
「自分が飲みたいだけのくせに。」筒井がビールをチラッと舐めるが、苦い、といって顔をしかめる。
「おまえはこれでも飲んでろ。」加賀がペットボトルのお茶を差し出す。
「んじゃ再会を祝して、乾杯。」


(8)
アキラは、グラスを交わすと、一息に飲み干し、「ふうっ、おいしい。」と、満足げな笑みを浮かべた。一同があっけに取られていると、加賀に注がれた二杯目のビールもぐびっと一気にいった。
「へえ、イケルクチかい。」面白いといった風に加賀が三杯目を注ぐ。
「おい、塔矢、大丈夫かよ。」ヒカルが心配そうに伺っている。
「大丈夫だよ。子供の頃から門下生の人達に飲まされてたから。」
「よし、オレも。」ヒカルもビールを一息に飲んだ。
「ちゃんと食って飲めよ、悪酔いすっからな。」そう言いながら加賀はビールから焼酎に切り替えてじっくり飲みの姿勢に入っている。
筒井は苦いビールを舐めながらふと、思う。今日の加賀はどこか違う。ずうずうしくて、自信家で、不良で、飄々としてて、だけど憎めない、心根は優しい加賀・・・でも、今日の加賀は、何か違う、なにか・・・そう、なにか少し、淋しそうに見える。
「う〜ん。」筒井は苦いビールを口内に流し込んだ。
宴は盛り上がった。
昔話や取り止めのない話に花を咲かせながら美味しい料理に舌鼓を打つ。酒も入って輪はさらに盛り上がった。アキラも楽しそうに話に加わっている。最初は心配だったけど加賀達と会えてよかった、とヒカルは思った。


(9)
「進藤・・・大丈夫?」アキラがヒカルの前髪をかきあげる
「そのまま寝かしてやれ・・・しかし三杯は飲んでないぞこいつ。」ヒカルは泥酔していた。
筒井もいい気分で転がっている。どうやら影でちょこちょこやってたらしい。
「さて、ひとっ風呂浴びてくっか。」加賀は立ち上がると大きく伸びをした。
「こいつどうすっかな」筒井は幸せそうな顔で寝息を立て始めたところだ。
「良かったら、お二人もここで休んでください。」丁度立ち上がったアキラと、目が合う。
「まあ、オレだけあっちに寝てもかまわねえしな。」加賀は、慌ててアキラから目を逸らした。
―――やばい、やばい。
湯につかりながら加賀は呟いた。どうしちまったんだ、オレ。
もう、とうに忘れたはずなのに・・・。
幼い頃のアキラが蘇ってくる。加賀達がいつも遊んでいた公園に、母親に連れられてアキラはやってきた。
「仲良くしてやってね。」アキラの母親は見たこともないような綺麗な人だった。アキラはその影に隠れて、ちらちらと恥ずかしそうにこちらを見ていた。
「アキラさん、ちゃんとご挨拶なさい。」言われるとアキラは一瞬泣きそうな顔をして母親を見上げていたが、顔だけちょこんと出して「とーやあきらでしゅよろしく」と言うとすぐ顔をひっこめてしまった。すごく可愛かった。加賀は、ひと目でアキラに囚われてしまったのだった。


(10)
「まさか、男だなんて思わなかったからな。」
今思えばアキラはスカートやワンピーズを履いていたわけではなかったし、アキラと言う名前も男寄りの名前だった・・・それに何よりアキラは自分をボク、と言っていたのだが、加賀の中ではアキラは女の子としてインプットされてしまっていた。
実際、アキラは、加賀の周りにいたどの女の子よりも可愛かった。
当時から腕っ節が強く男気もあり、近所のガキ大将だった加賀は、出逢ったその日から、一から十までアキラの世話を焼いた。子供の頃の年齢差というのはかなり大きい。2歳年下のアキラは動きもとろくて、とても加賀達には付いてゆけない。そんなアキラを加賀は助け、守った。
「てっちゃん、言ってみ。」アキラに合わせて身を屈め加賀が繰り返す。
「てっつちゃ?てっちゃん。」
「そう。」
「でも、加賀くんでしょ?なんでボクてっちゃんて呼ぶの?」アキラは不思議そうに聞いた。
「いいんだよ、おまえだけはいいんだ。」当時、加賀は家来達には加賀様と呼ばせていた。
アキラにてっちゃんと呼ばせるのは、その当時の加賀のロマンティシズムだったのだ。
「クーッ、今考えると穴から出て来れねえよな。」加賀は湯の中に、すっぽり頭を沈めた。
湯から再び這い出て、空を見上げると、遠方に下弦の月が笑っていた。
「綺麗ですね。」見ると、いつの間にかアキラが隣に配していた。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル