朝の挨拶 6 - 10
(6)
「進藤…」
ざわわわっ!
ヤメロ、そんな耳元で…!
何すんだよ、このスケベ野郎!
畜生、塔矢がこんなやつだなんて、知らなかった。
あっ、だから、触るなってば……!
「やっ、やめろ、よぉ…っ…!」
なんか、泣きそう。なんでオレがこんな目に……
ひでぇよ、塔矢。
「どうした?気持ちよくない?」
「そんなっ…」
あ、ヤバイ。オレ、泣き声じゃん。みっともな……マズ、本気で涙出てきそ……え?
ええええ?
何だよ!今の!オ、オレのほっぺにちゅって、それ、
「お、おいっ!」
「あ、ゴメン。」
何だよ!何を謝ってんだよ!
「ご、ゴメン、ホントに。なんかあんまり進藤が可愛いから……なんか、その……」
何だよ、それ!言い訳になんかなってねぇよ。
大体、オレは男だ。可愛いなんてバカにしてんのかよ?
(7)
おい、進藤は男だぞ。何をやってるんだ、ボクは。
いくら可愛いからって……でもまあ、ほっぺにキスくらいだったらいいか。
そうだ。何をやってるかと言えば。
進藤が自分でした事もないって言うから、教えてやるって、そうだったそうだった。
ボクだっていっつもやられてばっかりじゃつまらない。
まあ、緒方さんにやられた事を進藤に返すって言うのも不毛かもしれないが…。
あの人、酔っ払うと本当に始末に終えないからな。
しかし、悔しいが、緒方さんがボクをからかう気持ちが何となくわかってしまったような気がする。
クソ。こんな風に見られてたのかと思うと腹立たしい……んだ、けど、ちょっとコレは……
なんだか予想外だ。
なんだかちょっとヤバイ、ような気が……
いやいや、気を取り直して、続きを。
「あ、やだぁ……」
よしよし、いけそうだな。もうちょい。
「も……やめろ…よォ………」
にしても、なんか、進藤ってば、本気で可愛いんだけど、どうしよう……
って、マズイ、本気で泣いてるのか?進藤の奴。コレくらいで…
うわ、やめろ!そんな目で見上げるな!!
「とうやぁ…」
ズキン。
マズイ。コレはマズイ。マズすぎる。
あ、だから泣くなってば!
そんな風にぽろぽろ泣かれちゃ…
「ごめん、やめよう。悪ふざけが過ぎた。泣くほど嫌だったなんて……済まない…」
(8)
…え?
……なんで、やめんだよ。
途中でやめる位なら最初っからこんな事すんなよ。
つーか、コレ、どうしろって言うんだよ…!
「んな……中途半端な状態で、ほっとくなよぉ……」
ひでぇよ、塔矢。オレの事、からかうだけからかって。
オレ、した事ないって、教えてやるって言ったくせに。どうしたらいいんだよ。
「責任取れよ…!」
塔矢のバカ!
「…ごめんね、進藤。」
うわ、だから耳元でそんな声出すなってば!
ひゃああ!
おまえ、今、舐めなかったか?
い、い、いくらオレがみっともなく泣いてるからって、おい、
だからコレほっとくなっつってんだろ!
そんな、そんな風にキス、なんか……
どきん。
「進藤……」
え……なんか、そんな目で見られると、こっちの方が、えーと、だから、さ、塔矢。
「コレ、どうしたらいいんだよぉ…」
(9)
「はい、ティッシュ。」
「……ん……サンキュ………」
なんか……朝からすんげぇ疲れた。げっそり。
なんでオレがこんな目にあわなきゃいけないんだ。
ティッシュで拭いた手を、くん、と嗅いでみた。ヘンな臭い。
差し出されたゴミ箱にティッシュを放り投げて、ついでにちらっと塔矢を見上げてみたら、目があってしまって、
どぎまぎして目を逸らした。
何で…なんでそんなにじっとオレのこと見てんだよ。
ナニ考えてんだよ、塔矢。オレに、こんなことして。
「あの、さ、塔矢……」
ぼそっと言いかけたオレの言葉は、塔矢の慌てた声でかき消された。
「マズイ、もうこんな時間だ。早く用意しないと朝ごはん食べてる時間なくなるぞ。」
つられたように時計を見ると、確かにもう集合時間まであと30分しかない。
何だよ!今日は早起きしたと思ったのに、塔矢があんなことするから…!
「ホラ、いつまでもぼやぼやしてないで。」
と、急かされながら洗面所でざっと顔を洗って出て来ると、塔矢はもうスーツに着替えてた。
オレもハンガーにかけておいたのを着る。
でも慌てると余計ネクタイが上手く結べなくて、オレがもたもたしてたら、塔矢はチッと舌打ちした。
「全く、手がかかるな。いつになったらネクタイぐらい結べるようになるんだ。」
首にかかってたネクタイをぐいっと掴まれた。
そんな事言ったって、大体こんな時間になったの誰のせいだと思ってるんだ、とちょっとムッとした。
でも塔矢はそんなオレになんか構わず、手際よくオレのネクタイを締めてく。
(10)
「ハイ、できたよ。」
キュッと締め上げながら言われて、「サンキュ、」と見下ろしたら、また、すぐ近くで目があってしまって、
慌てて目を逸らしたんだけど。
にこっと笑った塔矢の顔が、何だか妙に印象的だった。
集合時間まであと20分。エレベーター待ったりするだろうし、賞味、朝ごはんにかけられる時間は15分くらいか。
朝ごはんはとりあえず食えるだけ腹ん中に詰め込むしかないな。
あーあ、オレ、朝はちゃんと食べないとダメなのになぁ。
ちぇっ、と舌打ちしながら部屋を出るとまた塔矢に「グズグズするな。」と叱られた。
だから誰のせいだと思ってんだよ!塔矢のバカヤロウ!!
(終わり)
|