敗着 6 - 10
(6)
「だったらどうだと言うんだ?お前も楽しんだ。
アキラくんも楽しんだ。何か不満があるのか?」
口の端で笑い、再び上体を沈める。
ヒカルは怒りが込み上げてきた。
軽くあしらわれたからではない。
こいつが─、塔矢と─。
「アキラくんは─、」ふと部屋の隅のドアの方に目をやる。
「物覚えがいい。」
と、ヒカルの方に向き直ったところでヒカルが立ち上がった。
「てめえ─!」
怒りで肩が震えている。
「・・・言っておくが、アキラとはお前よりも付き合いが長い。
そして、アキラも拒まなかったとしたら─?」
「え・・・」
いきなり我に返った。
そうだ、塔矢だって─、という考えが一瞬頭をよぎった、が
(進藤)
朦朧とした意識の中で何度も呼ばれた自分の名前。
(塔矢─、オレ)
「塔矢に、あんなことするなよっ!」
言い切った。
(7)
ヒカル自身、男同士の行為を何と言って良いのか分からなかったが、
「塔矢に、手を出すな!」
その感情だけは確かだった。
「フッ」
クックックと笑い「何を言い出すかと思えば・・・」
本気なんだよ─
こぶしを握り締め見据える。
「直接、アキラに言えばいい。オレと寝るなと」
「お前がムリヤリ・・・!」
「無理矢理ねぇ・・・」
ヤレヤレ、と立ち上がるとこちらに手を伸ばす。
「15の純情、か?」
さも可笑しいように目を覗き込み、
(ガキが)と心の中で毒づく。
大体が、アキラは名人の息子で、ちょっと遊んだだけで、
進藤に突っ掛かられるいわれもない。
何より女には不自由していない。
(これだから子供は面倒くさい)
(8)
「なら、お前がアキラの代わりをするか?」
「・・・っ・・・」
急に顔つきが変わる。
さっきまでの威勢はどこへやら。
「オレはどちらでもいい」
─水槽の中で魚が翻る。
ヒカルは突っ立ったままじっとしていた。
(これでおとなしくおウチに帰るだろう)
一服しようと思った時
「それで、塔矢とは、」言葉を探し、
「塔矢には手を出さないんだなっ」
一瞬緒方はヒカルを見たが、「おや」という表情をしただけだった。
(お前ねぇ・・・)
心の中で苦笑すると
「・・・じゃあ服を脱げ」
(どこで怖気づくか。ったく、近頃のガキは)
ヒカルは少し俯いてから、緒方に背を向けるとボタンに手をかけた。
「海王の制服もいいが、オレとしてはこっちの方が─」
言いながら詰襟の後ろに人差し指を掛け、クイと引き
バシッ
思いきり手で払いのけられ、キッと睨みつけられる。
緒方は「おーこわ」というように両手を軽く上げポーズをとり、
それからドカリと椅子に腰掛けると、
煙草に手を伸ばした。
(9)
おぼつかない手つきでボタンを外してゆく。
後ろで「カチリ」とライターの音がして、やがて煙の臭いが漂ってくる。
(塔矢─。)
そのことは考えまいと目を閉じて、袖から腕を抜いた。
「ズボンを脱げ」
先刻とは異なる冷淡な口調に体が竦む。
ベルトを解きボタンを外しチャックを下ろす。
自分が何をしようとしているのかを、体が徐々に理解し始める。
「・・・・・」
「下着もだ」
逃げ出そうとも考えたが、逆らうわけにはいかない。
シャツの裾で下半身が隠れるのを有難いと思い、下着を下ろす。
「そこに手をつけ」
いつの間にか煙草は脇の灰皿に捻り潰され、消えていた。
(え・・・?)
「ソファに手をつけ」
(10)
恐る恐る振り返る。
そうした時の自分の姿を想像し、躊躇うが、
緒方の目を見て俯き、ソファに向き直る。
座りこみそうになるのを必死にこらえ、やっと言われた通りにする。
「腰を上げろ」
羞恥で顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。
緒方は立ち上がるとヒカルに近付き、両手をポケットに突っ込んだままで
ヒカルの両の足首の内側を蹴飛ばし、足を広げさせた。
「足ももっと開け」
─と、いきなりシャツの裾を捲り上げた。
「わっ・・・」
思わず足を閉じそうになるが、緒方はそこを一瞥し
「・・・アキラも子供だな。」
と短く言い放っただけだった。
そしてヒカルの肩を掴み体を引き寄せ、後ろから抱き締めた。
(緒方・・・先生?)
腕時計の金属が下腹部に当たり、その冷たい感触に
「ひっ」と小さい悲鳴を上げる。
「・・・アキラは─、咥えてくれたか?」
耳に緒方の息がかかる。
この人は塔矢と違う。大人の男だ。
身動きがとれない。
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