heat capacity2 6 - 10


(6)
「進藤…止めろ」
腕を強く掴まれた。
「でも、」
「止めてくれ、頼むから」
その不愉快そうな声に思わず身が竦んだ。その言葉には拒絶の色が滲んでいて、有無を
言わさない響きだった。
ああ、まただ。俺、また何かやっちゃったんだ。なんでいつもこうなるのかな。我なが
ら自分の無神経さに腹が立つ。
俺は身体の中にあった塔矢のモノを引き抜くと、浴衣を正そうと腕に引っ掛かっていた
襟の部分に手を伸ばした。着ているとは言い難いものの、かろうじて結び目が解けずに
いた帯のおかげで完全には脱げなかったみたいだった。
衣擦れの音だけが聞こえる静かな空間の中、俺は酷く惨めな気分になっていた。
惨めで、情けなくて、苛立たしくて、悲しくて、居堪まれなくて。
そんな所に一人でいるのが嫌で、俺の方から沈黙を破った。
「……ゴメン」
塔矢は何も言って来ない。
あいつの顔を見る、それだけの事に俺は凄い気力を使った気がした。
顔を上げると、塔矢はただ辛そうな──それでいて俺よりもずっと居堪まれないような
表情で俺を見ていた。泣きそうな、というのが一番しっくり来るのかも知れない。
「どうして……謝るの?」
「だ、って」
言葉を続けようとして、その先は出て来なかった。
喋り続けたら、自分が何を言い出すか分からなかったからだ。喉が熱い。鼻の奥がツー
ンとしてくる。このまま、嗚咽と共に全てを吐き出してしまえれば、ラクなのに。
すぅっと深く息を吸う音が聞こえた。
「ボクは」
そう言って、また口を軽く引き結ぶ。言うのを躊躇っているとかじゃなく、どう言おう
か迷ってる、そんな感じだ。
塔矢の、唾を飲み下す音が聞こえて、自分が凄く緊張している事に気付いた。
瞬間、塔矢が顔を上げていった。
「ボクはキミが辛いのは嫌だ。そうまでしてセックスをしたいとは思わない」
真直ぐな視線に射抜かれた。


(7)
「……オレが、辛い?」
セックスしている最中に?
そんなことない。俺は、塔矢で満たされてるその瞬間が嬉しくて、嬉しくて……。
「上手く言えないけど、追い詰められて、その……している、というか、そうするしか
手段が無いみたいな感じがする」
「……」
「中身が無いんだ。酷く猛っているのに、掴めない。ただ、切迫してる風にすら見える。
まるで、身体さえ繋がっていればそれでいいみたいな────」
背筋がゾクリとした。
「ボクは、そんなのは嫌だ。形骸化したセックスなんて意味が無い。キミが満たされな
いのなら、身体を繋いだって虚しいだけだ」
「ちが……違う! だって、『それ』を必要としてるのはオレだろ!?」
「違うよ。さっきも言ったけど、必要としてるんじゃ無くて、それしか方法が無いんだ。
何故そんな風に考えるんだ? ボクが信用出来ないから?」
「違う、違う! そうじゃない……っ!! オレが、オレが……」
俺が佐為じゃないから。
そしてお前が好きなのは、もしかしたら佐為なのかも知れないからだなんて、どうして
言える?
「満たされているだなんて思い込まなくていいんだ。キミが足りないと思うのなら、ちゃ
んとそう言ってくれ。それとも、ボクがキミを苦しめて、追い詰めているのか?」
「違うっ! オマエは悪くない……っ。お願いだから、そんな風に言わないでくれ…」
胸がぎゅうぎゅうと締付けられるみたいだった。
息苦しくなって、胸に強く手を当てて押さえ込んでいると、塔矢が俺の頭ごと全身を抱
いてきた。
「大切なんだ。好きだ、愛してる。だからキミだけ傷付いているのは嫌だ。ボクじゃ、
その痛みは肩代わり出来ないのか?」


(8)
振り絞るような声だった。
俺はその時漸く、先程塔矢が怒っていたように感じたのは、あいつが自分自身の事を責
めていたからだと気付いた。
本当なら、俺に対して腹を立てられたっておかしくところだろう?
なのに、自分が悪いんじゃないかって、少しも俺の事責めないで。
そうなんだ。こいつ、結局の所誠実なんだよな。優しいんだ。
腕の温もりが泣きたくなる程心地よくて、──だから、俺はこの温もりだけで充分だ。
「もう一度、言ってくれよ……」
「え?」
少し困惑した風な塔矢の声に知らず笑みが漏れる。
『好きだ』それだけの言葉が、俺にとってどれだけ絶大な効果を持ってるかなんて、知
らないんだろうな。
自分勝手に満足出来るだけの言葉ならいくつだって掛けてもらったから、言うだけ言っ
てみたけれど、別に俺は塔矢の返事を期待してはいなかった。
けれど、生真面目なあいつは、少し考えた後ちゃんと言ってくれた、好きだよ、って。
俺は塔矢の背中に腕を回すと強くしがみついた。
「もっかい」
「愛してる、誰よりも。キミだけが大切なんだ」
「……うん」
そのままお互いの体温を暫く感じあう。
頬を塔矢の肩に少しだけ擦り付けて俺はあいつの顔を正面から捉えた。
「塔矢…抱いてよ」


(9)
「…でも」
困ったように俯いた塔矢の顔を下から覗き込む。
「身体、冷えちゃったんだ。温めてくれよ」
手をとってその手の平に軽くキスする。俺の身体は本当に冷たくなっていた。
塔矢が、柔らかく微笑って俺の耳にキスをしてきた。そのまま頬、鼻筋を辿って漸く唇
に辿り着く。
でも触れるだけのキスを繰り返すのに焦れて、俺が塔矢の唇に軽く噛み付くと、塔矢は
仕返しとばかりに俺の唇を覆ってきた。
暫くして俺の腹にあいつのが当たって、思わず身を引く。
なんだ、やっぱりやりたかったんじゃん。こんなに元気なクセに。
そう言うと、塔矢は憮然とした表情になって唇を引き結んだ。
機嫌を損ねるのが嫌だったから耳許にゴメン、と小さく囁いてから言った。
「入れる? いーよ、オレ」
俺の臆面もない言葉に、塔矢が一瞬たじろいだのが分かった。
「けど、まだ……」
「平気。それより早く欲しいから……、っん」
言いながら自分の手で招き入れる。『そこ』が異様にぬるぬるしていた。暫くして漸く
俺は出血していた事に気付いた。痛いというよりは、熱かったから気付かなかったんだ。
塔矢の熱か、自分の熱か良く分からなかったけれど、まるで溶け合ってるみたいだった。


(10)
「進藤…進藤……っ」
塔矢の掠れた声が、俺を呼ぶ。
目眩がしそうな程幸せで。幸せで、気が狂いそうだった。
今ならこのまま死んでもいいな、そうふと思った瞬間、言葉がするりと飛び出した。
「もし、オレが碁を打てなくなったら、オマエどうする?」
唐突な質問に塔矢は面喰らったみたいだった。それでも考え考え言葉を紡ぎ出す。
「碁が打てない、という状況自体あまり考えられないけど……」
そして心底不思議そうな顔をして続けて言った。
「どうするとか、どうしないとかいう問題じゃないだろう。碁あってのキミじゃなくて、
キミあっての碁なんだから」
その言葉が漸く回転の鈍い脳に浸透した瞬間。
「あ……」
身体の中にあるモノが急に質感を持って。いや違う、自分が今まで感覚を閉ざしていた
のだと気付いた時には、身体が快感に悲鳴を上げはじめた。
背筋をぞくぞくとしたものが一気に駆け上がり、全身に震えが走る。
「! 進藤…、力、…抜いて……っ」
「…わっ…かんね……、っできない……っ」
塔矢が俺を必死で宥めようと頬に触れる。
けれど、それすらも今は俺の身体にいたずらに刺激を与えるだけだった。
「とぉや、う、うごかない、で…、…カ、ラダ…ヘンに……っ、んぁ…っ!」
塔矢のが自分の中でどんどん大きくなっている気がする。
そう感じれば感じる程、俺は力の抜き方が分からなくなって軽いパニックに陥った。



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