平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 6 - 10
(6)
ヒカルが、佐為の下で腰を動かし始めていた。
その動きが、佐為のいきり立ったモノをも擦り、刺激する。
漏れる喘ぎが徐々に大きくなっていく。佐為の望み通りに。
――ヒカルが、あまりに過ぎる快感を嫌っていることを、佐為はよく知っていた。
そういう時、事の最中でもヒカルは、体は悦楽に流されているのに突然心だけ
現実にかえってしまったような、ひどく冷めた哀しげな目つきで佐為を見返したり
する。どうやらそれは、あの座間に捕らえられていた時の出来事に起因すること
も佐為は感づいていたが、その理由を聞いた事はない――あの時の事を思い出す
必要はない。
ただ、愛しい人が自分の腕の中、自分の手管でどこまで乱れるものか、見てみたい、
そしてそれを試してみたいと思うのは、男の本能のようなものだろう。
明るい所で心ゆくまで、愛する者がよがり喘ぐ様を、見て、聞いてみたいのだ。
ヒカルの出来るだけ甘く、出来るだけ高い声を長く聞いていたくて、佐為は
組み敷いた少年の体をゆっくりと、より高い所へ追い上げる。
しかし、さしもの佐為も、ついにヒカルのよがる声の中に、しゃくり上げる声が
混じるにいたって、慌てた。
「ヒカル……ヒカル……」
佐為の呼びかけにも、ヒカルはただしゃくり上げながら、首を左右に振っている。
指を引き抜き指貫をおろして、佐為はヒカルの後ろに、自分のモノを押し当て、
貫いた。
ヒカルが泣きながら、しがみついてくる。
佐為は、自身を押し包むヒカルの熱さを味わいながら抽挿を開始したが、それでも、
焦らすことはやめなかった。
ヒカルは決定的な快感を欲して腰を動かしたが、肝心なところで佐為の方がそれを
わざと外してしまう。
「佐為…っ佐為…っあぁ、やぁ! なんで………っっ!」
ヒカルに自分の腕の中で思う存分、声を上げさせてみたいのだ。
高く上がる声を押さえようと、ヒカルが自身の指を噛んだ。
最中に何かを口に含み、声を止めようとするのは、互いの家で抱き合ううちに
できてしまったヒカルの癖だった。
しかし、それでは今日は意味がない。佐為はその指をそっと外し、両腕をまとめて
自分の胸に抱きしめた。
(7)
声を飲み込むために頼るものを失って、もどかしげに尾を震わすヒカルの喘ぎが、
庵に満ちる。
そして、もうそろそろ。…そろそろ、こんな時にいつも、ヒカルはふいに冷めた
表情をする。だが佐為は、今日は、そんなふうにヒカルが我にかえる隙を与える
つもりはなかった。
ヒカルがふと閉じていた目を開ける。奇妙に理性の戻った瞳で自分を見上げる
その瞬間をとらえて、佐為は、それまで焦らし続けていた責め手を変えて、
初めてその自身のモノの尖端で、ヒカルの内壁の一番敏感な部分を強く突き上げた。
「あぁあぁぁぁぁーっ」
激しく上下にヒカルを揺すり、敏感なそこを責め続ける。
「ひんっ、あぁぁぁ、あぁぁぁ、ひあぁぁ!」
焦らされ続けて過敏になったヒカルの体が、常以上に強く快感を体の中で
反響させているようだった。
ヒカルの、今は焼けだたれたように熱をもった狭道の肉が、佐為を押し巻いていた。
そこは佐為が押し入ろうとすると、かたくなに反発して押しもどすくせに、
引いていこうとすると、今度は奥に引き戻そうとする。
ヒカルに快楽を与えてやろうとするつもりが、自分の方が常より遥かに
強い快楽をヒカルに与えられていた。
すぐに達してしまわないように、佐為は気を散らそうと、胸に抱き留めたままの
ヒカルの指を舌で舐めて、愛撫する。
最も自分の感じやすい性感帯のひとつを刺激されて、ヒカルのよがり続ける声が、
さらに艶の深さを増した。
(8)
もう少しこの状況を楽しんでいたい。
佐為は、ヒカルの瞳をのぞき込んだ。涙の粒に縁取られたそれは恍惚として、
すでに自我を放棄し、ただ快楽を追うことだけに夢中になっているのが分かる。
ヒカルのトロトロとした先走りの液が佐為の腹をよごしていた。佐為は、ヒカルと
一緒に最後を迎えたかったので、ヒカルが先にいってしまわないように、片手で
その根元を強く縛った。
「はぁぁぁっ、あんっ、あんっ、ああっあっ!ふぁんん!……ああ!」
いけそうでいけない苦しいほどの快楽に、佐為の抱きしめていたヒカルの手が、
佐為の胸をかきむしって血が滲んだ。
佐為は眉をしかめた。さすがに自分もそろそろ限界だ。――ヒカルの声も十分に
楽しんだ。
より深く腰を落として、ヒカルの腹をそれで持ち上げるように力強く押し入れながら、
佐為はヒカルの根元を戒めていた手を放した。とたんにヒカルの体が波打つように
痙攣し、普通に頂点に達する時の二回分三回分の快感を一度に与えられてヒカルは、
佐為の腕の中で泣きながら達した。
行為に集中していた間は耳に入らなくなっていた鳥達のさえずりが、どっと
部屋の中に流れ込んできたような気がした。
オオルリが鳴き終わって、今はホトトギスがどこかの梢で声を張り上げている。
ヒカルは、さっきから佐為に抱きしめられたまま、顔を伏せこちらを向こうとは
しない。
(9)
戸を開け放ったまま御簾さえさげられていない庵の中に、山の上から吹き下ろ
してくる風が流れ込んできていて、二人の肌はすでに冷めかけていた。
何の目も遮るもののないこの部屋で、自分達はああも激しい情事を展開していた
のだ。
もっとも、用もないのにこんな山の庵をのぞき込むのはせいぜいが狐やイタチ
ぐらいだとは思うが。
沈黙に耐えかねて、ついに佐為が口を開いた。
「怒ってます?」
「別に……」
泣いたせいでヒカルの声が枯れていた。
「ごめんなさい……」
「いいよ、もう」
やっと佐為の方を見たヒカルの頬には、涙の跡が幾筋か残っていた。
自分がひどく無体なことをしてしまったその痕跡を目の前に突きつけられた
ようで、胸が痛んだ。
「気持ち良かったのは、ホントだから、いい」
風に冷えかけたヒカルの肩を引き寄せた。
きつく抱きしめられて、思わず身をよじったヒカルの口から小さな悲鳴が漏れる。
まだ、その身の中に、佐為を迎え入れたままだからだ。
ヒカルが小さくつぶやいた。
「でも、気持ち良すぎるのは怖いんだ。……普通がいい」
「ヒカル。もうしません。誓います」
「いいって。こういうのも、佐為がしたいならさ。時々とか、その――たまになら」
「もう二度としませんよ」
謝りながらも雄の欲望とは勝手なもので、ヒカルが可憐に目を伏せるその様子に、
佐為は自分の下肢に再び熱が集まっていくのを感じていた。
「あんまり気を使うなって……ぁあ…っん」
「今度は普通にしますから」
ヒカルはその後も何か言葉をつむごうとしたようだったが、再び動き始めた佐為が
与える快楽に体の方が先に溺れ始めてしまい、それはきちんとした言葉にならなかった。
(10)
「あぁ、あぁ、……あっ、…あっ…」
今度はまっすぐに頂点の快感への階段をのぼらせる。
一度達して感じやすくなったヒカルの内壁は、次々と新たな愉悦を拾いあげる。
打てば響くようなその感度のよさに、佐為の顔がほころんだ。
自分のそれを引き抜いて、ヒカルの体を裏返す。
「佐為……っ、早く…っ!」
先を催促するように腰を揺らすヒカルを背中から抱きしめて、再び佐為は中に
押し入った。
両の膝と肘とで体を支えながら、あらためて自分の中に埋められたモノの熱さに
喘いで、ヒカルが額を床に押し付ける。
間断なくその奥を摺り上げながら、佐為はその背に体を重ね、しっとりと汗ばんだ
肌のなめらかさを楽しんだ。
その床に肘をついた少年の腕にそって、自分の手を這わす。左も右も同様に。
普段は太刀を持つ右の手は、綺麗に筋肉がついて、少年らしく一分の無駄もなく
すっきりと美しいのが触れただけで分かる。弓を持つ左手も、しっかりと発達して
いるのに、その曲線はむしろなよやかで、佐為を誘うように薄い皮膚の下で火照って
いるのだ。
そして、足。健やかに伸びた足は、佐為を迎え入れるために、少し開かれている。
馬に乗ったときに体を支えるためにはふくらはぎの力が大分必要なはずなのに、
ヒカルのそこは不思議な程に柔らかい。そういう筋肉の付き方をする体質なのかも
知れない。足首は昔と変わらず細く、太ももの内側は、もいだばかりの桃の内側を見る
ように白く瑞々しい。
そして、その内ももの間のほの暗い場所で、佐為の為だけにほころぶ秘密の花。
そこはまさに今、佐為を受け入れ、悦び、灼熱に燃えて情愛を貪っている。
佐為は、少し汗の匂いのするヒカルのうなじの生え際を柔らかく銜えた。
ヒカルの声が上ずる。
長い黒髪が、流れるようにそのヒカルの背を伝って落ち、床に流水文様を作った。
快楽に体を支えることが辛くなったのか、カクリと肘を崩し、ヒカルは力が抜けて
しまったようにその流水文様の上に上体を落とした。
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