誕生歌はジャイアン・リサイタルで(仮題) 6 - 10


(6)
塔矢元名人の経営する碁会所。そこには沢山の人が集まっていた。
市河もいる、緒方も芦原もいる、広瀬や北島など常連客の姿もあり、おまけに塔矢元名人までいた。
いつもと違ったのは、その格好…全員同じ衣装を身に付けていることだった。
シンプルな白いワンピースに身を包み、背中には白い羽、頭にはエンジェルハイロゥを乗せていた。
正しくそれは天使。男…じじいどもの天使軍団であった。
そして碁会所の内装は花とリボンとプレゼントに装飾されている。そう、碁会所は天国と化していた…。
自らも同じ装束に着替えながら、アキラはてきぱきと指示を出す。
「広瀬さん、ピアノの準備はできてますか?本番はトチらないで下さいね。北島さんは指揮棒を忘れないで!あ、市河さん、ケーキは後でいいですから。アッ、ちょっと!花はこちらに…」
張りきるアキラをにこやかに見つめる芦原と、そして対照的に絶望的な表情の緒方がいた。
「ハハハ、アキラったら進藤君の誕生日パーティーだから頑張っちゃって。楽しそうだなあ」
「…ほ、本気なのか、アキラ君…?」
泣き出しそうな緒方の声も、一心不乱に会場設営をするアキラには届かない。
「天使のバースディソングに目覚めると、そこは天国…花に囲まれプレゼントやケーキの山…そしてボク!感動して涙で視界が滲む進藤の目元に優しくキスをしてあげよう…フフフフフ」
アキラは完全にトランスしているようだ。
「老人とオカッパの天使なんて寝起きに見せられたら、進藤じゃなくても泣き出すだろうな…」
遠い目をし始めた緒方の呟きは、今回ソロパートを担当する塔矢元名人のジャイアン顔負けの
発声練習にかき消されていったのだった。


(7)
その頃、ヒカルは夢の中にいた。
目の前には大河が流れている。川のほとりの花畑に腰を下ろしながら、ヒカルは向こう岸を眺めていた。
ペットボトルを持った和谷と消防士姿の伊角がおいかけっこをしているのが見える。
「あの二人、仲が良いんだなあ…ハハハ」
二人の姿が消えた後、今度は対岸に佐為が現れた。微笑みながら手を振っている。
「佐為…?佐為か、本当の、本物の…佐為なのか?」
慌てて立ち上がり、川岸に駆け寄る。ジーンズが水に濡れるのも構わずに川に入った。
「佐為、佐為ー!!何やってんだよ、オレ、お前がいなくて…」
ヒカルが川に足を踏み入れたのを見て、佐為は顔色を変えて必死に何かを訴えかける。
だがヒカルには佐為の声が聞こえず、もどかしさを感じながら、ヒカルはどんどん川の中へと進んでいく。
「今日はオレの誕生日だから、神様が佐為に会わせてくれたのかな…」
だとしたら、これが佐為を取り戻す最後のチャンスかもしれない、そう思えた。
「佐為、今からそっちに行くよ!待ってて、佐為ー!」

「アキラ君!進藤の様子が変だぞ!」
真っ青な顔で泡を噴き始めるヒカル。全身が痙攣し始めている。
「あーアキラぁ、もしかしてエーテル嗅がせすぎたんだろおー?」
「えっ!?…進藤、どうしたんだ進藤!脈もどんどん弱くなってる…これは」
「生死の境をさ迷ってるぞ」


(8)
碁会所は騒然となった。
「きゅ、救急車…誰か119番に電話を…」
携帯電話を取り出す広瀬をアキラが制した。
「待ってください広瀬さん!進藤がこうなったのはボクの責任…僕が助けます!」
「アキラ…立派になったな、やってみなさい」
元名人は満足そうに頷く。そしてアキラは、チアノーゼを起こしているヒカルの顔に自らの顔を近付け…。
「待て待て待てアキラ君!君は何をするつもりなんだ…」
慌てて止めに入る緒方に、アキラは真面目な顔で答える。
「眠り姫も白雪姫も、王子様のキスで起きるんですよ緒方さん!この囲碁界のプリンスのボクの口付けなら効果覿面に違い有りません!」
「…い、いや…この場合そうじゃないだろう…」
「じゃあいきなり挿入せよとおっしゃるんですか、緒方さんは!」
「何言ってるんだ君は!」
乱闘が始まりそうな雰囲気の中、元名人がアキラに大きな機械を差し出した。
「これを使いなさい、アキラ…」


(9)
「お父さん、コレは…お父さんが心臓発作を起こした時に使っている携帯用パドル!?」
「わかりました、やってみます!見ていてください、お父さん、グリーン先生!」
にっこりと微笑む元名人、拍手の渦が巻き起こる碁会所、チアノーゼが酷くなるヒカル、
グリーン先生はドラマのキャラクターだろう、と最早突っ込む気力すらない緒方。
「360にチャージ!」
「いきなり強すぎるぞアキラ君!」

その頃ヒカルは、川の中ほどまで到達していた。
しかし、水深が深くてこれ以上先に進めない、佐為が目の前にいるのに…ヒカルは焦った。
「でもオレ、プールでしか泳いだ事ないし、こんなに流れが速くちゃ…溺れちゃうかも」
そう思った途端、川底の苔の生えた石に足を取られ、転んでしまったヒカルは川に流されてしまう。
「わっぷ…わっ……さ、佐為ー!!」
服が重くて思うように体が動かない、溺れる!と思ったその時、ヒカルの体を引っ張り上げる腕があった。
「ヒカル…まったく、ムチャをするんですから…」
「さ、佐為…」
古風な船に乗り、いつもの微笑を浮かべる佐為が、ヒカルの目の前にいた。
「久しぶりですね、ヒカル」
「佐為、オレ…お前に会いたくて、それで、それでオレ…お前を…」
わんわん泣き出したヒカルを、佐為は優しく抱き締めた。
佐為の装束が濡れてしまう、とヒカルは思いついていたが、それでも佐為のぬくもりを
感じられる嬉しさに、涙が止まらなかった。


(10)
船はゆっくりと川を進んで行く。
「ヒカル、ここは三途の川なんです…だからあれほど来るなと言ったのに」
「そ、そうだったのか…ごめん、佐為の声が聞こえないからオレ…佐為に会いに行こうと」
「ムチャですよ、全く…でも大丈夫、ヒカルはまだ渡りきってませんから、戻れますよ」
「良かった〜誕生日が命日になるなんて、シャレになんねーもんな」
「そう言えば、今日はヒカルの誕生日だったんですね…」
「そうだよ!なんだよー忘れてたのかよ?ひでー佐為の薄情者っ!」
「こっちだと時間の感覚がなくなってしまって…でも、おめでとうございます、ヒカル」
「チェッ、許してやるか…ありがとな、佐為」
船は次第に、岸へと近付いて行った。

「さあヒカル、この先のこのトンネルを抜ければ、現世へ帰れますよ」
黄色い花で出来た道の先に、暗いトンネルが見える。ヒカルは佐為の装束の袖を掴んだ。
「…佐為は?」
「私は、一緒には行けません…ヒカル一人で行かなければ」
「…」
ゆっくりと佐為の袖を離すと、そのまま俯いてしまう。佐為はヒカルの頭に手を置くと、優しく諭した。
「ヒカル、私とはいつでも会える事を、もう知ってるはずでしょう?」
「…うん」
「さあ、行きなさい…でも、決して振り返ってはいけません。真っ直ぐ前を見て」
ヒカルは駆け出した、佐為にもうこれ以上涙を見せたくなかったから。
走りながら叫ぶ、大きな声で佐為に別れを告げた。
「佐為、オレ、神の一手を極めるから!それまでここには来ないから!待っててくれよな、佐為ー!」
佐為のあたたかな声が後から追いかけるように、風に乗って聞こえる。
「楽しみにしてますよ、ヒカル」

ペットボトルを持った和谷と消防士伊角のことは、ヒカルの頭からすっかり消えていた。



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