邂逅(平安異聞録) 6 - 10
(6)
「明殿」
夕暮れの大路で意外な人物に声を掛けられた。相変わらず笑顔の優しいひとだった。
「佐為殿…」
「これから、お勤めですか?」
「ええ…。佐為殿、あの、聞きました…その…」
「ああ、あのことですか…」
明には佐為に対して掛ける言葉が見つからず、口篭るしかなかった。
「流石に宮中では話が回るのも早い…まして明殿は名高い陰陽師ですものね」
「…」
「驚かれましたか?でも、私はいつかこうなるような気が…ちょっとだけ、していたんです」
唇を噛み締めて視線を落とす明に、佐為はまるで慰めるかのような優しい口調だった。
慰められるべきは佐為であるはずなのに、明は困惑した。どうして良いのか分からない。
「…これから、近衛のところへ?」
「ええ、そのつもりです」
「近衛は、まだ何も知らないでしょうね…」
「そうでしょうね」
佐為は一瞬だけ泣きそうな笑顔を見せた。それから、つとめて明るく言った。
「光は…私が宮中でいじめられたら、真っ先にオレの所へ来いって言ってくれたんです。
だから、光に泣きつきに行こうかと思いましてね」
「そう、ですか…」
「優しい子でしょう?」
「ええ、そうですね…近衛らしい」
「そうなんです、だから…明殿、これからもずっと、光の良いお友達でいてあげてくださいね」
まるで光の母親のようなお願いをする佐為を明はそれ以上まともに見ていることはできなかった。
頷いたままの顔が上げられず、明はそれっきり黙りこくってしまった。
「さようなら、明殿」
佐為が去った後も、明はしばらくそこから動けなかった。涙が引っ切り無しにこぼれた。
死を覚悟した人の笑顔とは何と美しいものだろう、と。明は、この日を忘れたくない、と思う。
(7)
佐為が光の屋敷を訪れた頃にはもう日も沈んでいた。空模様が悪くなったのか、大気は湿った香りがした。
光は言葉通り飛びあがって佐為を出迎え、はしゃぎながら自室の縁側へ案内した。
「突然来るから、何も用意してないんだけど…いいか?」
「構いませんよ、こちらこそ、こんな時間に申し訳有りませんでしたね」
「ン、そんなのは全然いーよ!でも、ビックリした…嬉しかったけどさ」
「急に光に会いたくなって…顔が見たくなったんです」
「そっか…」
光は照れたように頬をかいたが、顔は嬉しそうな笑みでいっぱいだった。佐為の気持ちが嬉しい。
「あ、もしかして…宮中でいじめられたとか?」
「ふふ、実はそうなんです…光には嘘がつけませんね」
「やっぱなーそうだと思った!佐為はやっぱり、宮中とか内裏とか似合わないモンな」
笑いながら、光は胸に佐為の頭を抱えるようにして、烏帽子をぽんぽんと撫でた。
「しょうがないから、慰めてやるよ。佐為はホント、オレがいないと駄目なんだから!」
「光…」
佐為は何か言おうとして口を開きかけたが、光の柔らかな体温を感じて、言葉を飲み込んだ。
言葉は必要ないように思えた。お互いのぬくもりを感じながら、このまま時が止まれば良いと願った。
(8)
「あ、雨…」
光が気付いて口を開いた。やがて雨は本格的に降り始め、遠くで雷鳴も聞こえ始める。
二人で縁側から光の部屋に入ってあかりを灯すと、土砂降りの景色を何とはなしに眺めやる。
心地よい沈黙を最初に破ったのは佐為だった。
「…光は、雷は怖くないのですか?」
「オレ?そんなの怖くて検非違使なんてつとまらねーよ!何だよ、佐為は怖いのか?」
茶化すように言う光に、佐為は神妙な顔つきで答える。
「私は、怖いですよ。神様のお怒りみたいで」
「かみさま…?」
「道真公のお怒りだと言う人もいますけど…私はそうは思いません。道真公がご存命のころから
…それ以前から雷はこの地上にあったのですから」
「そりゃーそうだろうけど」
「私は、神様に怒られるのがいっとう怖いんです…だから、雷は恐ろしい」
言いながら、佐為は光の手を取ってぎゅう、と握ってきた。その強い力に、光は微かに震えた。
「だ、大丈夫だよ。佐為は優しいから、神様が佐為を怒るわけないだろ?」
「そんなことは、ありませんよ。光」
「そんなことあるさ。佐為は優しくて、馬鹿みたいに囲碁好きで、ずっとそればっかりで…」
「…」
「…純粋な強いヤツだから。神様に怒られることなんて、あるもんか」
佐為は無言で、掴んでいた光の手をひいて、胸の中にその体を抱き寄せた。光の僅かに高い体温が心地よい。
「私は光が思っているほど、強くも純粋でもないのですよ?」
(9)
佐為の掌が光の首筋から襟元へ優しく触れ、袷の隙間から直に素肌を撫でた。
光は黙ってなすがままにさせていたが、胸元を大きくはだけられ、乳首を摘まれた途端、ふるりと頭を振った。
「これでも、神様は私を叱りませんか?光…」
耳朶を舐めるように囁かれ、それにすら感じてしまう。光は無言で佐為の烏帽子を落とすと、自ら口付けた。
「んっ…」
やがて深くなる接吻に、光はどうして良いか分からずに佐為の長い髪を掴んで引っ張った。
すると、佐為は首筋から鎖骨、胸へと口付けを落とし、その着衣を剥ぎ取りながら光の体中を舐めまわす。
肌を這い回る佐為の唇の感触が熱くて、光は全身を震わせながら息を乱していった。
「あっ…」
自らも着物を脱いだ佐為の裸体が、光に圧しかかってくる。肌と肌が擦れ合う感覚が光の脳髄を溶かしていくようだった。
「どうして…抵抗しないのですか?」
まるでされるがままの光に、佐為は柳眉を寄せる。自分から仕掛けておきながら奇妙な事を言う佐為がおかしかった。
「別に、嫌じゃないから」
「何をされるか、分かっているのですか?」
「そこまで馬鹿じゃねーよ」
けろりとした様子で答える光に、佐為は今更呆れたような表情をしたが、やがて神妙な顔つきで脅すように言った。
「…光も、神様に怒られるかも知れません」
「こんな事で怒られるわけないじゃん。佐為ってホントに、しょうがないヤツだな」
光が佐為の首に腕を回して軽く口付けると、佐為は今度こそ止めようとはしなかった。
(10)
「あっ…あ、はっ…ああっ」
お互いの性を擦り合わせると精液で濡れ始めたそこはぬるぬると滑って音を立てた。相手の荒い息遣いが、快感を更に煽る。
同時に淡く色づいた乳首をくりくりと潰されるように弄られると、途端にそこは尖って光は更に高い声で鳴いた。
「うあっ…、ぁああんっ…!」
快感に不慣れな光の体は刺激に敏感で、あっけなく佐為の腹に射精してしまった。はあはあと息をついて佐為を見上げる。
「はっ…あぁ…、ご、めん…佐為…オレ…」
「いいんですよ…気持ちよかったですか?」
光の額に優しく口付けながらその明るい前髪を梳くと、光は顔を真っ赤にして「ばか」と呟いた。
佐為はくすくすと笑いながら、肉付きは薄いが柔らかな尻を揉みしだくように撫でまわし始める。
「うぅっ…んぅ、さ…ぃ…?」
そうしながら光の腰の下に枕を敷いて持ち上げると、露わになったその奥の秘所を丹念に舐めながら解していく。
「ひゃっ!やあっ、佐為ぃ…そんな、汚いよぉ!」
光は大きく体を震わせながら悲鳴を上げたが、佐為は止めようとはせずその行為に熱中しているようだった。
「う、ああぁ…やだぁ…っ…変に…へん、に、なるよぉ…やぁ…」
光はすすり泣いて懇願したが、佐為の舌が奥まで入りこんでくる感触に体が熱くなり、抵抗もできない。
襞の先まで丁寧に愛撫されると、光は全身をわななかせて悦楽に酔うしかなかった。
光の性からは再び精液が溢れだし、佐為の舌と己の後庭をぐちゅぐちゅと汚していく。
「あっ…はぁ、ああっ…さいぃ…もぅ…ひぅう…」
程なく佐為の舌がそこから離れ、光はほっと息を吐いたが、今度は指先でそこを弄くられる。
「ひゃああっ!や、やぁ、なっ…だ、めぇ!あっ、あっ、はぁん!」
光の精液を中に塗り込められるように動かされ、入り口付近の肉壁のしこりを集中的に掻き乱される。
どうしてそんなところを触られて体が熱くなるのか、光自身にも分からなかった。
それでも快感に溶かされた体は止まらず、無意識に僅かに腰を振って更なる快楽を得ようとする。
「うあっ…、ふぅ、っん…、…な、に…?」
と、ずるりと佐為の指が引き抜かれ、光は物足りない感触にぶるりと震えた。
|