禁断の章 6 - 10
(6)
「銭湯無料券」
和谷はヒカルに1枚、券を渡した。
隣のおばさんにもらったと母親がオレにくれたのだ。
ヒカルはそれに目を落とし和谷の顔を再びのぞき見た。
「これからいかねえか?今日つかれたろ一緒に汗流そうぜ」
ヒカルは一瞬考え込んだが、いいぜと了解し和谷の後に続いた。
オレと進藤は脱衣所に入り服を脱ぎ始めた。
オレ達の他に中年のおっさんが2・3人いる。
オレ銭湯なんて久しぶりだよと進藤は笑った。
進藤は塔矢との対局であった出来事に話を弾ませてた。
誘って良かったなと和谷は思った。
進藤の話にオレも一緒に笑っていたが後ろで視線を感じるので
ちょっと目を泳がせた。
40代後半の男が進藤の後ろ姿をみて、一緒にいる奴に耳打ちする光景が
目に入った。
進藤はトランクスに手をかけ下ろしている最中だった。
進藤の腰のラインに一瞬見惚れた。肩から腰にかけてなんてきれいな
カーブなんだろ。ウエスト細いな尻のかたちもいいし。
そこまで考えてはっとする。男相手になにいってんだ。
進藤は”和谷遅い、早く入ろうぜ”と促した。
(7)
身体を洗うのもそこそこにオレ達は湯船に身を沈めた。
進藤は上機嫌だった。
オレは進藤のその様子に安堵し本来の目的である話を切りだした。
「え・・・オレそんなに変だった?」
進藤は男の割に大きい目を見開いて和谷を凝視した。
「ああ、かなり・・みんな心配してたぜ。また落ち込んでそのうち
碁が打てなくなるんじゃないかって」
進藤は苦笑いで「オレ、前科者だしな」といった。
「だから悩みがあるんだったら話してほしいんだ」
いつになく真剣な目で進藤を見た。
進藤はびっくりしてたが、かすかにほほえんでありがとうといった。
和谷は絶句した。
かわいかった。一瞬抱きしめたい衝動にかられた。
いけないいけない和谷はなんとか煩悩をふりはらった。
「心配してもらうほどでもないんだ」ははっと進藤は困ったように
言った。「オレには言えない?」オレは引き下がらない。
こんどこそ力になるんだ。
和谷の気迫に押されたのかヒカルは一瞬口をつぐんだが、和谷の方に
向き直り笑いながら「実は期末がひどくて補習受けなきゃいけないんだ」
と困ったように言った。
「へ?」和谷はぽか〜んとする。絶対深刻な話だと決めつけていたが
そんなことだったとは。確かに進藤は成績悪いが普段気にしない奴なので
だいたいの学生が抱える成績が悪くて悩むとは到底考えつかなかった。
進藤はオレが笑ったのを見て”笑い事じゃない卒業させてやらないって
言われたんだぞ。”とふくれっ面をした。
(8)
「もう上がろうぜ!のぼせちまうよ」
湯のせいで顔がほてった進藤は、立ち上がり湯船から出ようとした。
和谷も上がろうと腰を浮かす。
ヒカルが足をあげた時点で内股にある赤い花のような痣が和谷の視界に
映った。俗に言うキスマーク。
!・・・?・・!?し・・進藤?
ヒカルは和谷が自分に続いて出ようとしないので、いぶかしげに
振り向いた。
変な顔をしている。
?
「和谷?どうした?」ヒカルは和谷の方に歩み寄り顔をのぞき込んだ。
「な・・なんでもないよ・・はは」和谷は引きつる顔でなんとか笑った。
「変な和谷・・」ヒカルはきびすを返して入り口まで歩いていった。
和谷は一時湯船から上がらず考え込んだが、身体が熱くなって頭がふらふら
し始めたので急いでヒカルの後に続いた。のぼせたようで立ちくらみがした。
”あれは見間違いだよな・・まさか進藤に限って”
和谷は進藤を横目で見ながら頭の中でつぶやいた。
ヒカルはほとんど服を着込んでいたため、和谷の方を振り向いて
「ほら和谷なにぐずってんの?・・時間なくなるじゃん!」と
ごちていた。
「げ、夕飯食えなくなっちまうな」
オレは身体についた滴をほどほどに拭き取ると急いで服を着込んだ。
「じゃな和谷!」
「おう、気をつけて帰れよ」
オレと進藤は駅で別れた。一緒に夕飯を食べても良かったのだが
家で食事を用意してくれてる母親に悪いからと進藤は、
ごめんと断った。
この時、送っていけば良かったと後悔した。
あいつの家まで。
でもその時のオレは、進藤は男だから。
あいつに感じた邪な思いを否定したくて進藤に悪くて必要ないと思った。
実際、言ったところでいいよと進藤は云うだろう。
女顔でなよなよしてると思われて不愉快だと進藤がいつか愚痴をこぼしたことが
あったっけ。塔矢アキラも昔は女に見られがちだったが、いまじゃ・・・
ここまで思って電話が鳴った。
外で飯食って時計は午後11時を指していた。
「ヒカルの母です。夜分ごめんなさいね。
和谷くん、ウチのヒカルおじゃましてないかしら」
進藤のおかあさんからだった。
(9)
加賀はヒカルの寝顔を眺めていた。
だいぶ落ち着いたらしい。まったく世話がやける。
今日は、葉瀬中将棋部の連中と一緒にカラオケに興じていた。
久しぶりに逢う連中、未成年だが酒も注文してアルコールに
酔いはやりの歌を歌いまくりどんちゃん騒ぎで楽しいひとときを
過ごす。
もう一軒いこうという仲間達を制し意気揚々と自宅に戻る途中。
甲高い声とバタバタと走る足音を耳にした。
「おいおい今何時だと思ってるんだよ」
加賀は興味なかったが、まさか女が襲われてるんじゃないかと思い直し
声のするほうへ足を向けた。
見ると20代前半と後半らしき男が5・6人、小柄な女を取り囲んでいた。
「おいおいビンゴかよ・・やれやれ」
加賀はため息をつくとその集団に近づいていった。
リーダー格の男・たけしは目の前の獲物に興奮していた。
かなりの上玉だ。駅で見つけ人気がなくなる場所になるまで
相手に気づかれないように仲間と共につけてきた。
だが、途中気づかれ逃げられそうになる。
かなり足が速い奴だったが追いつめてやった。
仲間に合図し襲いかかる。
数人で押さえつけパーカーをめくった。シャツを胸までひっぱりあげる。
でもそこには、思い描いた胸の膨らみは現れなかった。
「お・おいこいつ男だぜ」仲間の一人が叫んだ。
「女じゃないのか・・がっくりだな」仲間達は、
思わぬ正体にがっくりと肩を落とした。
だが、オレはショックを特に受けなかった。それはあいつの目を
見て男の加虐心を刺激させられたからかもしれない。
少女を思わせるその小柄な男は、下からオレ達の顔を凝視していたが
押さえつけていた手がなくなると素早く身体を起こし逃げた。
オレは「男でもいいじゃん!やろうぜ」といった。
でも・・よう。男なんて・・・やったことねえしという声に、
「入れるとこが、違うだけだろ」と突っ込んで、その男を追いかけさせた。
ここはオレ達のたまり場だ。逃げるなんて不可能だぜ。
ぞくぞくという快感が体の中を駆けめぐった。
そしてついに袋小路まで追いつめられる。
加賀は取り囲まれている人物に悟られないようそろっと
近づいた。
女と思っていた人物は、オレがよく知っている後輩・・進藤ヒカルだった。
(10)
進藤を見るのは久しぶりだった。
あいつ痩せたな・・・・。
オレが中2であいつが小6の時、創立祭で初めて出会って無理矢理
囲碁大会に出させたんだっけ。
そして囲碁部に入り塔矢に失望され、塔矢を追う為院生になりとうとう
プロにまでなりやがった。今塔矢アキラと肩を並べるまでになっている。
まあ、プロへの後押しはオレ様がやってやったんだけどよ。
そこまで回想して顔がほころぶ。
いけね、思い出話に華を咲かせてる場合じゃなかった。
加賀は取り囲んでいた野郎どもに見覚えがあった。
ここいらを縄張りしているやつらどもだ。
ひったくりはするし目をつけられた女は、強姦・輪姦と
凄まじかった。警察の手を難なく抜けながら悪事を働いている
連中なので普通の不良どもと違い、凶暴で容赦がない。
おまけに喧嘩慣れしているやつらどもで、空手の経験者も
ボクシングの経験者もあの中にはいる。
まともに行って加賀に勝ち目はなかった。
スキをつけば・・・加賀は慎重にやつらに気づかれないよう近づく。
ちょうどやつらがいるその袋小路はだれかの敷地内で物置小屋の
ようなものが建っていた。
加賀はその小屋の影に回り込み、やつらの隙をついてどうやって
進藤を取り返そうか頭を悩ませた。
しかし、変だな・・進藤はあいつらの気に障ることをしたのだろうか?
加賀はちょっと不審に思った。
あいつらはとんでもないやつだが、素直に金を出すやつはそのまま
帰してた。まあ抵抗した奴向かってくる奴、女はひどい目に
遭わされてたけどな。
進藤も金を渡すのに渋ったのだろうか?まあ負けん気の強い奴だし。
そこまで見て進藤の顔をまじまじと見た。
その顔は加賀が憶えている進藤の顔ではなかった。
昔はいかにもガキですという感じでふくっらした頬に大きな瞳でからかうと
子供のようにむきになりオレ様に憎まれ口をたたく。
それがオレの知っている進藤。”でも今の進藤は・・・”
そこまで考え、今の進藤に見惚れて言葉をなくす。
あいつ美人になったな・・加賀は頭の中でそうつぶやいた。
進藤を取り囲み沈黙を守っていた連中だったが、リーダーたけしの
合図に一人が飛びかかった。
進藤は身体をくねらせ避ける・・・すると背後からもう一人が進藤の肩をつかみ
つづいて2・3人が進藤に襲いかかり拘束した。
暴れる進藤を難なく押さえつけそして地に進藤を貼り付けた。
そこまで見て加賀は確信した。
進藤に要求してたのは金でも落とし前でもない。
いわゆるやつらが女に向けていた行為・・・。
性行為だ!!!
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