金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 6 - 10


(6)
 笑ってばかりでいつまで経っても本題に入らないヒカルに、今度はアキラの方が焦れた。
「どうしてそんな恰好をしているんだ?」
口調がきつくなるのは仕方がない。ヒカルは自分をからかって愉しんでいるのだから。
「だ〜か〜ら〜今から話すからさ…」
ヒカルはアキラの肩をポンポンと叩き、自分の隣の空いている空間を指さした。
 座っているヒカルの真正面に身体をかがめて立っている自分の姿は傍目にどう映っていたのだろうか。
キスをする寸前の恋人同士に見えたかもしれない。
 アキラは顔を真っ赤にして、ヒカルの横に腰を下ろした。
「そーそー目の前に立たれたままだと話しにくいじゃん…」
無邪気に笑うヒカルの頬をつねってやりたい。実際は睨んだだけだが、頭の中では、ヒカルの
柔らかい頬を思う存分捻り倒した。
「こ…こえーそんなに睨まなくてもいいじゃんか。」
「進藤!」
「わかったよぉ…言うよう…」
ヒカルは急にしおらしくなって、ことの顛末を話し始めた。


(7)
 和谷の所での若手棋士の研究会。そこにヒカルは毎週顔を出している。院生時代の仲間の
伊角や本田、越智、それから足立、小宮、奈瀬達院生、森下研究会の冴木、一般からプロになった
変わり種の門脇など、メンバーは多彩だ。今日は、そのうち六人が顔を出していた。
 研究会では、真剣にかつ賑やかにお互い活発な意見を交換していく。それが少々ヒートアップして、
ケンカになることもしばしばだが、それもご愛敬だ。
 ケンカになる面子は大概決まっていて、ヒカル、和谷、越智などで、他のメンバーはそれを
仲裁するのに大わらわだ。
 だけど、大人組は彼らが可愛くて仕方がないらしい。研究会の後はいつもお楽しみがあるのだが、
それはヒカルや和谷達にとっても大きな楽しみだった。
「ねー門脇さん。それ、ちょこっとだけ飲ませて?」
小首を傾げて、ヒカルに可愛くおねだりされると、嫌とは言えない。それでも一応、形だけは拒んでみせる。
「ダメダメ!未成年はダメ!…それに、酒に弱いんだろ?」
「でも、ちょっとだけ…ちょっとだけだから…大丈夫だよ。ね?」
両手を前ですりあわせて、ウインクされたらもうダメだ。
「しょうがないな…ちょっとだけだぞ。」
苦笑しながらヒカルに缶ビールを差し出すと、ヒカルは「ヤッター!」と、喜んで受け取った。


(8)
 それを口元に持っていき、ヒカルは意味ありげに門脇たちに微笑んだ。そして、止める暇もなく
一気にそれをあおった。
「あ!コラ!」
と、彼らが慌てて缶を取り上げたときには、中身はほとんど、ヒカルの胃袋に収まってしまっていた。
「エヘへ〜飲んじゃった〜」
そう言って笑うヒカルの口調は既に怪しい。
「あ〜あ…バッカでェ進藤…!」
ヒカルを指さして、和谷もケタケタ笑う。和谷の座っている側には、既に空き缶が四、五本
転がっている。
「和谷…」
伊角がウンザリしたように溜息を吐く。そして突然何かを思い出したように、身体をパッと
跳ね上げた。
「越智…越智は?」
 幸い越智は飲んではいなかった。…………いや、そう見えただけだった。越智は缶ビールを
握り締めて、なにやらブツブツと呟いている。
「越智?気分が悪いのか?」
恐る恐る近づいて、顔を寄せる。望んだわけではなかったが、彼の呟きが耳に入った。
「……………聞くんじゃなかった…」
と、伊角は頭痛を堪えるように、額に手を当てた。


(9)
 「どうしよう…」
完全に出来上がってしまった三人を目の前にして、伊角は再び溜息を吐いた。
「大丈夫だよ。いつものことじゃないか…」
放っておけばいいと冴木は言った。
「そうだな。そのうち、正気に戻るだろう…」
門脇ものんきに笑った。
 だいたい誰のせいだと思っているのだ――と、伊角は言いたい。ヒカルに飲ませたのは
門脇だし、和谷にビールを与えたのは冴木だ。越智…越智は、気が付いたら飲んでいた。

 そうやって、悩む伊角の耳にけたたましい笑い声が響いた。
「アーハハハハ…何これー!」
「セーラー服だ…セーラー服だよ…誰ンだよ〜ヘンタイ〜」
ヒカルと和谷はヒイヒイとセーラー服を前に、腹を抱えて笑っている。
「あ、コラ!ダメだろ…人の荷物勝手にあけちゃ…」
慌てて止めようとした伊角に、ヒカルがしなだれかかってきた。


(10)
 「ねーねーこれ伊角さんの〜?」
「!?ち、違う!門脇さんのだ!」
力一杯否定した。
「ふーん…そーなんだ…」
そうすると、ヒカルは急に興味をなくしたように伊角から離れると、今度は門脇の方へにじり寄った。
「ねーねー門脇さんって、ヘンタイ?」
なんと言うことを言うのだ!この酔っぱらい!伊角がヒカルの口を塞ごうとしたが、門脇は
笑ってヒカルの両頬を軽くつねった。
「イテ!いひゃいよ…かろわきしゃん…」
「これは宴会グッズだよ。前の会社の同僚に貸してたのを、今日、返してもらったの。」
門脇が手を離すと、ヒカルは頬をさすりながら、鞄の中を覗き込んだ。
「ふ〜ん…こっちは何?」
「これか?これはバニーガールだな…こっちはチャイナドレス…」
興味津々なヒカルの前に、門脇は鞄の中身を広げた。ちょんまげカツラや町娘のカツラ、
宴会部長と書かれたたすきなども出てきた。
「サイズ大きいね…」
「こういう物は男に着せて笑いをとるもんだからな…でも、このセーラー服は女物だな…」
「これは女の人が着るの?」
「シャレでな。」
 「ふーん」と、ヒカルは暫くそれを見ていたが、おもむろにセーラー服を手に取ると
自分の胸に当てて、
「ねーねーこれ、似合う?」
と、トロンと目元を染めた笑顔のままで訊ねた。



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