光彩 6 - 10


(6)
「進藤!」
アキラがヒカルに声をかけた。
ヒカルが来るのを待っていのだ。
「塔矢・・・」
ヒカルが目を丸くしていた。
棋院につくなり、アキラにいきなり声をかけられてびっくりしたのだ。
その顔がとまどいと恥ずかしさで赤らんでいく。

アキラはヒカルの表情に困惑の色が浮かんでいることに気づいていた。
昨日のことで悩んでいるのだろう。
本当は自分に会いたくなかったのに違いない。
アキラはヒカルが自分に好意を抱いていることは間違いないと確信している。
だが、ここで強引に迫ればヒカルはますます混乱して、自分から逃げてしまう。
「進藤、おはよう。今日の対戦相手は誰?」
当たり障りのない話をした。
ヒカルの大きな目が見開かれ、すぐに細められた。
ヒカルは、アキラのいつもと変わらない様子に安心したのか笑顔で答える。
可愛かった。
とりとめのない話をしながら、アキラは改めて彼は単純な子供なのだと思った。
それは前からわかっていたことだったけど・・・。苦笑してしまう。
今のヒカルの世界には好きか嫌いかだけで、その好きの種類まで考えることができないのだ。
幼くて単純なヒカルをアキラはなおさら愛しく思う。
思いを告げるのは早すぎたのかもしれない。
ヒカルのためにしばらくは今のままの関係でいよう。
笑いながら一生懸命に、自分に話しかけるヒカルをアキラは優しく見つめた。


(7)
ヒカルは上機嫌だった。
対局にも勝てた。
実は、睡眠不足とアキラのことで自信はなかったのだが、
棋院についた後、後者の悩みはきれいに消えてしまった。
我ながら単純だ。
アキラがいつもと変わらず自分に接してくれた。
それだけでもう安心してしまったのだ。

これは、アキラが返事を急がないということに違いない。
そうヒカルは解釈した。
アキラは本当に優しい。
アキラの些細な行動に、一喜一憂している自分をヒカルは自覚していなかった。


棋院を出て、帰る道すがらもずっと浮かれていた。
自然と笑みがこぼれる。
大声で歌でも歌いたい気分だった。

「ご機嫌だな。」
後ろから声をかけられた。
びっくりして振り返った。


(8)
「緒方先生・・・。びっくりしたぁ」
ヒカルが大きな目をさらに見開いて緒方を見た。
こぼれ落ちそうな目だな。緒方は思った。
緒方にとってヒカルは気になる存在だった。
小さいくせに生意気で、少女めいた愛らしい顔立ちをしているのに
口の悪い悪ガキだ。
アキラ君とは正反対だ。といつも思う。
そのくせ悪ガキの囲碁の才能はアキラに勝るとも劣らない。
だが、緒方にとって何より気になるのは
ヒカルがsaiとつながっているのではないかと言うことだ。
今はもうsaiはネットに現れない。
正直、ヒカルを問いつめたい気もするが、彼はきっと口を割らないだろう。
見かけによらず強情なのだ。

「先生 どうしてこんな所にいるの?」
緒方も今日は棋院にいたのだ。
用事を済ませて出ようとしたときにヒカルを見かけたのだといった。
その様子があんまり楽しそうで可愛かったのでつい見とれてしまい、
声をかけそびれた。
こんな悪ガキに見とれるなんて一生の不覚だと思った。

「じゃあ 先生ずっとみてたんだ。人がわりぃなぁ。」
ヒカルは顔を赤らめて、ぷぅっとふくれた。
自分の浮かれようを知り合いに見られていたのが、よほど恥ずかしかったらしい。
そのそっぽを向く仕草がよけいにヒカルを可愛くみせた。


(9)
「悪かったな。お詫びにメシでもおごろうか?」
緒方の申し出にヒカルはとまどった。
とても魅力的な提案なのだが、佐為のことを聞かれたらどうしようか?
緒方の 、佐為に対する執着心をヒカルは知っている。
緒方の気持ちが分からないでもない。
でも、どんなに望んでも佐為はもういないのだ。
緒方も自分も佐為にはもう会えないのだ。
それを認めるまでずいぶん時間がかかった。
それでも今も望んでいる。佐為に会いたい・・・と。

「どうした?進藤」
緒方が顔をのぞき込んでくる。
色素の薄い目で見つめられると、何もかも見透かされているような気がした。
佐為のことで警戒していたのもわかってしまっただろうか。

悩んだ末、結局ヒカルは緒方についていくことにした。
佐為のことは聞かれてもとぼけることにした。
うまくいきますように。
それに、ヒカルは聞きたいことがあった。
ヒカルの悩みを大人の人に相談したかったのだ。
アキラへの答えを出さなくては・・・。


(10)
緒方はヒカルが好みそうな気安い雰囲気のレストランに入った。
緒方は、食事の間、対局の話や塔矢一門の話などをした。
ヒカルの予想に反して、saiのことは一言も口に出さなかった。
緒方にはヒカルがそのことを警戒しているのがわかっていた。
どうせいくら問いただしても答えは出ないのだ。無駄な努力だ。
ヒカルが拍子抜けしたように緒方を見ていた。
口の周りにソースがついている。
やれやれ。小学生でももっと上手に食べるぞ。

緒方がsaiをあきらめたと解釈したのか、ヒカルは食べることに集中した。
スパゲッティと格闘するヒカルを眺めながら
このチビをからかったらおもしろいだろうな。
などと不謹慎なことを考えた。
むろん、自分は大人なのでそのようなことはしないが。
ふと、緒方はこの食事を楽しんでいる自分に気がついた。
緒方は目を細めてヒカルを見つめた。本当に見ていて退屈しない奴だ。

そんな緒方の視線を感じてかヒカルは顔をあげた。
緒方の楽しげな顔を不思議そうに見つめる。
そして、何かを思いだしたかのように小さく「あっ」と声を上げた。
急いで食事の残りをかき込む。
水を飲んで一息つくと、俯き加減で緒方を見た。
上目遣いの大きな瞳に映る自分自身を緒方は見つめた。
ヒカルは、ためらいがちに、おずおずと緒方に尋ねてきた。


「あのさぁ 緒方先生さぁ。恋人いる?」



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