敗着─交錯─ 6 - 10


(6)
バスは排気ガスを残して発車した。その後ろ姿を見送り、手に持ったメモに視線を落とす。
(この辺りだな…)
いつだったか、進藤が父の経営する碁会所にちょくちょくやって来るようになった時、書いて渡してくれたものだった。
もう随分昔のことのような気がする。
進藤の文字が走るその紙片を大事にしまうと、電信柱に銘記された番地を頼りに日の落ちた住宅街を歩き出した。
――明らかに自分は避けられていた。
何度か電話をかけたが、居留守を使われていることは受話器を通して想像がついた。
――思い当たる節は、ありすぎた。
半ば奪うようにして思いを遂げた自分。そして――

(君の代わり)

緒方の声が頭に響いた。彼のマンションに押しかけたあの日から、頭を離れることはなかった。
「―――」
それは吐き気がして座り込んでしまう程にアキラを苦しめた。
進藤の心を知りたかった。
会って、謝りたかった。自分の非礼を詫び、それから――
自分の代わりだと緒方と関係をもった進藤の優しさが、じくじくとアキラの心を蝕んだ。
進藤──、君はそうやってボクに抱かれたのか?
ボクに抱かれたのは、同情からか?
ようやく、目当ての表札にたどり着いた。


(7)
インターホンに手を伸ばし、躊躇う。
手を引いて小さく握った。
ここまで来て、拒まれるのは辛い。
受話器の向こうで避けられるのと、実際にそこに居るのに拒絶されるのとではわけが違った。
建物の二階に目を向けた。二階の部屋の電気は消えていた。
(帰っていないのか?)
おそらく進藤の部屋は二階だ。
あの日仕事を終え部屋に行くと進藤の姿は無かった。それでも置いていった鍵は受け取ってくれたようだった。
それなのに。
碁会所にも部屋にも来ない。対局場所もすれ違いばかり。
葉瀬中へ行くことも考えたが、二人でゆっくりと話したかった。
思い直してインターホンに指をあてると、恐る恐る力を入れた。
「ハイ」
母親らしき声が返ってきた。
「夜分遅くにすいません。あの、進藤君はご在宅でしょうか」
ガチャガチャと鍵を開ける音がして、玄関の扉が開いた。
「どちら様でしょう…」
エプロンを着けた女性が出てきた。目許が少し進藤に似ている。
出てきた時は訝っていた様子だったが、自分の制服を見るとすぐに柔和な表情になった。
「プロ棋士の塔矢といいます。進藤クンはいらっしゃいますか?」
「ああ、あの子。何でも同期の友達の家に泊まってくるとかで…」
「そうですか…」
気が抜けた。
「何かお伝えすることがあれば、」
「いえ、結構です。ちょうど近くまで来たものですから」
頭を下げ礼を言うと足早に立ち去った。

少しは気分が軽くなった。
いないのなら仕方がない。
それにしても―――同期の友達?
越智の顔が浮かんだが、すぐに消えた。指導碁をした限りでは進藤と親しいとは思えなかった。
もともと人の名前を覚えることを得意としない自分には、思い当たる人物がいなかった。


(8)
冷蔵庫を開け、冷やしてあるミネラルウォーターを取り出すと一気に流し込んだ。
火照った体はシャワーで沈められたが、まだだるさが残っていた。
椅子に深く腰掛け煙草に火を点ける。
紫煙が漂い、いつもの自分に戻る。
煙草を灰皿に押し付けベッドに戻ると、寝息をたてている進藤の枕元に座った。
前髪を指に絡ませ、髪の毛を梳きながら頭を撫でる。
変わらずにスウスウと寝ている進藤の寝顔を見つめ、ずれた毛布を掛け直してやった。


それからというもの、進藤は何時となくやって来るようになった。
ドアの前で座っているか、今日は早めに寝ようと思った矢先に呼び鈴が鳴ったりする。
いつしか自分も進藤を待つように帰宅時間を早めたり、地方へ泊まりで行く時はそれとなく教えるようにしていた。
来たからといって何を話すわけでもなく、ただ服を脱いで行為に及ぶ――。
それだけのことだった。

(アキラとは同級生だったな…)
ヤリたい盛りだ。愛だの恋だのと言う前に、体だけの関係が存在することも知っている頃だろう。
アキラには一度突っかかられたが、その時はアキラが求めているであろう答えを残してその場を去った。
名人の息子に手をつけたことは、さすがに父親には悟られないようにしている。
それ以前に、あのプライドの高いアキラが、名人に気取られるようなヘマをするとも考えられない。
しかし一見すると冷静で、どんな時にも取り乱さないよう躾られているハズの優等生の騒ぎようは、正直なところ煩わしかった。
(フン――)
自分にとっては、アキラとの関係に似たものが、また一つ増えたに過ぎなかった。


(9)
「これ、エサやってもいい?」
「ああ…そこにある」

平日の昼下がり。
昼まで寝て起きて、腹に何か入れようと思っていたところに呼び鈴が鳴った。
学校は午前中で終わりだという進藤が立っていた。
「オレ昼は買ってきてるから、気にしなくていいよ」
ファーストフードの油の臭いが充満する。
「お前な、遠慮もなく人の家で…」
「じゃあ帰ろうか?」
そんな気など無いくせに、テレビから目を離さずに答える。
「…勝手にしろ」
言い捨てて、パソコンを立ち上げた。

「―――?」
棋譜の整理をしていると、部屋が静かになっているのに気がついた。
「どうした、テレビはもういいのか?」
「だって、面白いのやってねーもん」
ハンバーガーやジュースをあらかた食べ終わった進藤が、手持ち無沙汰そうにしていた。
「なら、棋譜でも見るか?」
からかって訊く。
「センセエッ」
ふくれっ面をすると俯き、
「…いいよオレ、帰るから」
と言って拗ねた。
ため息をつき、何でオレがこんな子供の暇つぶしに付き合わなければならないんだと苦笑した。
「…冗談だ。こっちへ来い…」
椅子に座ったまま前に立った進藤を引き寄せ、半ば挨拶のようになったキスをした。


(10)
「冷てっ…」
わざと温度の低いシャワーを浴びせ、睨まれる。
「貸せよそれ、オレもっ」
「こら危ないぞ…」
エアコンの温度が高かったのか、二人とも汗だくになりシャワーを浴びることになった。
行為の後にはシャワーを浴びるのが習慣なのだが、今日は進藤がちょろちょろとついて来た。
そして案の定、じっとはしていなかった。
「‥‥何?」
「‥‥何が?」
「なんか、マジな目してる」
ボディーソープを泡立てながら訊いてみる。
「‥‥お前、ソープって知ってるか?」
「?」
「簡単に言うと泡風呂だ。泡踊りだ」
「アワ踊り?」
「女体のな」
進藤の顔がカッと赤くなった。
「しら、しらねーよ、そんなのっ、…オレ、未成年だし…」
やはり知っていたのか、頭の中で色々と想像しているようだった。
(そっちの方のお勉強には余念がないな…)
俯いている進藤の股間が、首をもたげ始めていた。
「お前、…」
(あれだけで勃つのか――?ったく‥‥)
体を前のめりにして浴室を出ていこうとした進藤を掴まえ、泡立てた泡を体の脇に滑らせた。
「ひゃっ…」
驚いて飛び退こうとしたのを捕らえて体に泡を塗り込んでいく。
「あの‥‥なんか気持ち悪いんだけど‥‥」
「すぐ好きになる」
自分の体と進藤の体を密着させ、滑りの良くなった手を体中に這わせる。
ヌルヌルと滑る石鹸水が体中に広がっていき、触れ合った箇所がツルツルと磨り合う。
身を任せていた進藤の体が、ビクッと緊張した。
股間のモノは既に屹立していた。
「‥‥よくなってきたか?」



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