交際 6 - 10


(6)
 「……何かあったのかい?」
アキラは社に訊ねた。あそこで自分に腹を立てるのはわかる。だけど、ヒカルは社にも
怒っていた。社はヒカルに何かしたのだろうか…?
「…別になんも…」
社はすました顔をしていたが、口元に微かに笑みを浮かべていた。そして、ヒカルの
消えた部屋の方をジッと見ていた。その目つきが気に入らない。
『進藤をそんな目で見るな!』
と、怒鳴りたかった。
 「なあ、進藤ってメチャ可愛いな?」
唐突に言われて、アキラは面食らった。どう答えるべきか。同意すればいいのか、否定すれば
いいのか。ヒカルが可愛いのは分かり切っていることだが、社の意図が見えない。
「アイツ、メチャメチャおぼこくて、可愛(かい)らしいわ…」
アキラの返事も聞かず、社は続ける。初めから、アキラの答えなど気にしていないのかも
しれない。
「もしかして、まだ、毛も生えてないんとちゃうやろか?」
この一言に、頭がカッとなった。なんてことを口にするんだ。
「―――――生えてるよ…」
憮然と言い放つ。
 社は、一瞬呆気にとられたようにアキラを見つめたが、
「……ふーん…そーゆーこと…」
と、一人納得したように呟いた。


(7)
 アキラは社を居間へ案内した。社は、何かを考え込んでいるようだった。彼に聞きたいことは
いろいろあるが、今は止めておこう。
「あれ?進藤?」
ヒカルは居間にはいなかった。ヒカルがここに来たのは一度だけ。知っている部屋は多くない。
トイレや風呂場を除けば、居間と自分の部屋だけだ。
「社君、ここで待っててくれないか…」
アキラは、社を置いて居間を出た。

 「進藤?いるのか?」
暗い部屋の中に呼びかけた。中の空気が震え、人がいることを伝える。灯りをつけると、
やはり、自分の予想通りヒカルがそこにいた。
 ヒカルは怒っているような、それでいて泣きそうな顔をしている。アキラは急に、自分が
酷く悪いことをしたような気持ちになった。
 アキラだって、怒りたくて怒ったわけじゃないのだ。あまりにもヒカルが遅いので、
事故にでもあってやしないかととても心配したのだ。携帯電話を持っていないヒカルに
連絡を入れることも出来ず、ヤキモキしながら待っていた。
 ヒカルは子供扱いするなと言うが、子供扱いしているわけじゃない。離れていると
心配で仕方がないのだ。
「ごめん…怒ったりして…」
アキラが謝ると、ヒカルはアキラに抱きついてきた。柔らかい髪が頬を掠め、甘い体臭が
鼻腔をくすぐった。顔を埋めた肩口から、ヒカルの柔らかい息遣いが伝わる。それだけで、
全身が熱くなった。下半身に血が集中するのを感じた。


(8)
 ヒカルがアキラの肩に押しつけていた顔を上げた。大きな瞳に自分が写っている。
それを見ただけで、胸が締め付けられる。息苦しい。
 アキラを仰いだまま、ヒカルはその目を閉じた。微かに開かれた唇が自分を待っている。
「進藤…」
アキラは自分の唇を重ねようとして、寸前で止まってしまった。今、キスをしたら、
それだけではすまないような気がした。
 ヒカルの身体を静かに離す。たった、それだけなのに酷く精神を消耗した。
「な…んで――――――!」
ヒカルが詰るようにアキラを睨んだ。目にうっすらと涙が浮かんでいる。ヒカルは
アキラを突き飛ばして、そのまま出ていってしまった。

 自分の態度は、ヒカルに誤解を与えたのかもしれない…。
ヒカルを追おうとした。その時、
「あ〜あ…可哀想に…キスぐらいしたったらええやんか。」
と、後ろで声がした。振り返ると、襖の向こうに社が立っていた。
「よっぽど、ショックやってんな…オレに気付かんと行ってもた…」
口調は軽いが、表情は重い。本気でヒカルに同情しているのだろうか?
「…キミには関係ないだろう。」
自分とヒカルの間に関わって欲しくない。いや、ヒカルに関わるな。だいたい、どうして
ここにいるんだ!
「…そやけど、半分はオレのせいやもん…」
聞き捨てならない言葉だった。


(9)
 アキラは、無言で先を促す。社はふーっと溜息を吐いた。
「初対面も同然のヤツに、チューされてショック受けとるんや…」
「な…!」
何を言った?ヒカルにキス?
 コレ以上ないくらい眦の切れ上がったアキラをちゃかすように、含み笑いで社は続けた。
「堪忍!オレ、進藤にアンタがおるなんて知らんかってん。」
「アイツがあんまり可愛いから、ついクラクラきてしもて…」
悪びれないその言いぐさに余計に腹が立つ。アキラは社を睨み付けた。
「けど、アイツ、ホンマに可愛いわ…今時、チューされて泣くヤツ女でもおらんで…」
アキラの視線に気付いているのかいないのか、感慨深く社は言う。ほんのりと頬が染まって
いるように見えるのは、自分の勘ぐり過ぎなのか?
 社の言うとおり、ヒカルは純情なのだ。そのことは自分が一番よく知っている。
だから…大事にしたいのに……。
「オレ、あっちの趣味ないけど…進藤やったら…本気になりそうや………」
今までのふざけた態度とは違う。告白めいたその言葉に、アキラの不快指数は更に跳ね上がる。
よくまあ、自分の前でしゃあしゃあと言えるものだ。ムカつくのを通り越して、あきれた。
 「それより、どうしてキミがここにいるんだ?」
限りなく冷たい声になった。ヒカルのことを社の口から、語られたくない。
「ああ、そうそう。オレ、トイレ探しとってん。教えてくれへんか?」
社は、アキラの冷たい態度をまったく気にかけないで、訊ねた。本当かウソかはわからない。
どこまでもふざけたヤツだ。
 アキラは、無言で社をトイレまで連れていった。


(10)
 社は、ヒカルとアキラの関係を知って、少しばかりへこんだ。
『なぁんや…お手つきか…』
アキラのあの一言で、すぐに二人の関係に気付いてしまった自分の勘の良さが恨めしかった。
純情そうなヒカルが既に経験済みだということもショックだが、その相手の家で三日間も
過ごさなければいけないのかと思うと溜息が出る。
「ま、しゃあないか。縁がなかってんな…」
嘯いてみても、それが強がりであることはわかりすぎるぐらいわかっている。本当は、
ヒカルの大きな瞳や初な仕草にノックアウトだ。
通された居間で荷物をほどきながら、考えることはヒカルのことばかりだ。
「ホンマに可愛かったな…」
掌で簡単につぶせそうなほど、か細い肩をしていた。自分の手の中で震えるヒカルは、
まるで小鳥のようだった。
社は軽く頭を振った。既に決まった相手がいる者を好きになってもしょうがない。
だけど、気になる。社をおいたまま帰ってこない二人のことが…。いや、ヒカルのことが
気になって仕方がない。社は立ち上がって、障子を開けた。廊下に出ようとして、ふと思った。
「……Hでもしとったら、どないしょうか…」
かまへん。邪魔したる。
 勢い良く部屋を飛び出す。暗い廊下をそのまま進んだ。



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